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平城天皇【へいぜいてんのう】
7件の用語解説(平城天皇で検索)
朝日日本歴史人物事典の解説-
生年:
宝亀5 (774)
没年: 天長1.7.7 (824.8.5)
平安前期の天皇。桓武天皇と皇后藤原乙牟漏(良継の娘)の第1子。奈良帝とも。小殿のちに安殿に改名。延暦4(785)年,藤原種継暗殺事件の嫌疑を受けて廃太子された早良親王にかわって立太子,大同1(806)年5月に即位した。生まれつき「風病(一種のノイローゼ)」気味であったが,即位当初は政治に意欲的に取り組み,観察使を諸道に派遣して平安京造営事業後の地方情勢を視察させたり,官司の統廃合を行うなど,政治経済の立て直しを推し進めている。しかし同4年4月,病気の悪化を理由に在位3年で弟神野親王(のちの嵯峨天皇)に譲位し,同12月平城旧都に移っている。皇太子時代から寵愛した藤原薬子やその兄仲成の介入で「二所朝廷」を現出,翌年9月平安京にいる貴族官人たちに平城京への還都を呼びかけたが,嵯峨側に機先を制せられ,東国に逃れようとして大和国添上郡越田村(奈良市)で捕らえられ,平城宮に連れ戻されて落髪入道した(薬子の変)。服毒自殺をとげた薬子亡きあと女性には心を開かず,ひとり平城旧宮で余生を送った。遺骸は平城京のすぐ北,楊梅陵に葬られ,その心をくんで平城と諡された。『凌雲集』『古今集』などに漢詩,和歌を収める。<参考文献>瀧浪貞子『平安建都』
(瀧浪貞子)
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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説-
平城天皇 へいぜいてんのう
 
774-824 平安時代前期,第51代天皇。在位806-809。
宝亀(ほうき)5年8月15日生まれ。桓武(かんむ)天皇の第1皇子。母は藤原乙牟漏(おとむろ)。参議制を廃止して,観察使をおく。在位3年で同母弟嵯峨(さが)天皇に譲位するが対立。平城京にうつり「二所朝廷」とよばれた。藤原薬子(くすこ),その兄仲成の重祚(ちょうそ)の企てにのって失敗(薬子の変),仏門にはいった。天長元年7月7日死去。51歳。墓所は楊梅陵(やまもものみささぎ)(奈良市)。別名は安殿(あて)親王,日本根子天推国高彦天皇(やまとねこあめおしくにたかひこのすめらみこと)。
【格言など】故郷(ふるさと)となりにし奈良の都にも色はかはらず花は咲きけり(「古今和歌集」)
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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。収録人物のデータは2009年1月20日現在のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。
デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説-
平城天皇 へいじょうてんのう
 
⇒へいぜいてんのう
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世界大百科事典 第2版の解説-
へいぜいてんのう【平城天皇】
774‐824(宝亀5‐天長1)
第51代に数えられる平安初期の天皇。在位806‐809年。名は安殿(あて)。桓武天皇を父とし,藤原良継の女皇后乙牟漏(おとむろ)を母として生まれた。785年(延暦4)皇太弟早良(さわら)親王が藤原種継暗殺に連座して廃されたため皇太子となり,806年(大同1)即位した。父桓武天皇の平安京建設と蝦夷征討の大事業による国家財政の破綻を収拾するために,律令制の官司を大幅に整理し,地方の民情視察のため観察使を創設するなど政治に努めた。・・・
▼平城天皇について記述のある項目
藤原薬子【ふじわらのくすこ】 薬子の変【くすこのへん】 伊予親王【いよしんのう】
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百科事典マイペディアの解説-
桓武天皇皇子。藤原種継(たねつぐ)暗殺事件に連座して廃された皇太子早良(さわら)親王にかわって皇太子となり,806年即位。造都と征夷で疲弊した国家財政緊縮のため,官司を大幅に整理,民情把握のための観察使の創設などを行うが,病弱のため809年嵯峨天皇に譲位,旧都平城京へ移った。
(774-824)
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デジタル大辞泉の解説-
へいぜい‐てんのう 〔‐テンワウ〕 【平城天皇】
[774~824]第51代天皇。在位806~809。桓武天皇の第1皇子。名は安殿(あて)。中央官制の縮小など政治の刷新に努めたが、病のため嵯峨天皇に譲位。のち、薬子(くすこ)の変で復位をはかったが失敗して出家。奈良の帝。
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大辞林 第三版の解説-
へいぜいてんのう【平城天皇】
(774~824) 第五一代天皇(在位806~809)。桓武天皇第一皇子。名は安殿(あて),奈良の帝(みかど)とも。在位中官制の改革を行なった。病によって譲位。のち,重祚(ちようそ)を企てる薬子(くすこ)の変が起きた。詩文が「凌雲集」「古今集」に収められている。
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