引く(読み)ヒク

デジタル大辞泉 「引く」の意味・読み・例文・類語

ひ・く【引く/×曳く/×牽く】

[動カ五(四)]
物の端を持って手近の所に寄らせる。手前に引き寄せる。
㋐たぐり寄せる。「網を―・く」
㋑手前に動かす。「サイドブレーキを―・く」
㋒矢を射放つ。「弓を―・く」
㋓(根差したものを)抜き取る。「草を―・く」
㋔(勝運などを託して)一つを選んで手もとに取る。「くじを―・く」「花を―・く」
㋕除き去る。減ずる。「三から二を―・く」「一割―・いて安く売る」
㋖こっそり盗み去る。「猫に魚を―・かれた」
㋗(ふつう「弾く」と書く)弦楽器鍵盤楽器を鳴らす。弾じる。「ピアノを―・く」
引き寄せ操って目ざす所に伴う。
㋐(引き綱を取って)連れ出す。「犬を―・いて散歩する」
㋑連行する。引き立てる。「警察に―・かれる」
㋒(手を取って)導き行く。「子供の手を―・く」
㋓(長い物が)地面などに触れたまま従い動く。引きずる。「裾が―・いている」「たもとを―・く」
㋔後ろに連結して運ぶ。「犬ぞりを―・く」「荷車を―・く」
㋕誘い込む。「客を―・く」「―・く手あまた」
㋖(「惹く」とも書く)人の注意や関心を向けさせる。「同情を―・く」「気を―・くしぐさ」「目を―・く広告」
㋗書物を繰って求める語を探し出す。「辞書を―・いて調べる」「電話帳を―・く」
㋘例としてあげる。引き合いに出す。「証拠を―・く」「故事を―・く」
㋙肩をもつ。ひいきにする。「派閥で―・いて三役に据える」
線状に伸ばし延べる。
㋐線で描く。また線を描く。「設計図を―・く」「けいを―・く」
㋑張り広げる。「カーテンを―・く」
㋒塗り延べる。「油を―・く」「唇に紅を―・く」
㋓延べ広げる。「砂利を―・く」「なだらかな山裾を―・く」
㋔長く伸ばす。「声を―・いて歌う」
㋕糸状のものを生じさせる。「納豆が糸を―・く」
㋖特定の道筋を通じさせる。「バス路線を―・く」「ガスを―・く」「田に水を―・く」
㋗受け継いで伝わり及ぶ。「血筋を―・く」「学統を―・く」
㋘あとに余波が続く。「航跡を―・く」「わだかまりが尾を―・く」
㋙贈り物をする。
「布施に馬を―・き給へりける」〈今鏡・七〉
出ているものを近づけ寄せる。
㋐自分の側に動かす。「あごを―・く」「右手を先に―・く」
㋑吸いつけようとする働きをもつ。「磁石は鉄を―・く」
㋒体内に吸い込む。「風邪を―・く」「大きく息を―・く」
㋓取りのけて後方にかたづける。「膳を―・く」
㋔後方に退かせる。「敗れて兵を―・く」
㋕(湯をくんで)浴びる。
「御湯―・かせ奉る」〈平家・一〇〉
(「退く」とも書く)出ているものが遠くへ去る。しりぞく。
㋐向こうへ離れる。「潮が―・く」
㋑元のような状態にもどる。「水が―・く」「熱が―・く」
㋒うせる。なくなる。「痛みが―・く」「血の気が―・く」
㋓縁を切る。関係を断つ。「事件から手を―・く」
㋔引退する。「現役を―・く」「舞台を―・く」
㋕(俗語)相手に関心や興味を持たなくなる。相手から気持ちが離れる。「これを口にすると女性が―・く」→どん引き
強く押し当てたものでこする。
㋐(ふつう「挽く」と書く)のこぎりやかんなで切ったり削ったりする。「のこを―・く」「ろくろで―・く」
㋑(ふつう「碾く」と書く)ひきうすを回して穀類をすり砕く。「豆を―・く」
㋒(ふつう「轢く」と書く)車輪が人や動物を押しつけて通る。「自動車に―・かれる」
[可能]ひける
[動カ下二]ひける」の文語形
[下接句]あとに引けない後を引く一髪千鈞せんきんを引く糸を引く尾を引く陰で糸を引く気を引く心を引く潮が引くそでを引くたいを引く血を引く血のが引くつえ手を引く手薬煉てぐすね引くねずみが塩を引く人目を引く棒を引く幕を引く満を引く身を退三度みたびいさめて身を退く目を引く湯を引く弓を引く我が田へ水を引く
[類語](1㋐)引っ張る引きずる引き寄せる引き絞る手繰たぐ手繰り寄せる手繰り込む引き付ける吸い寄せる/(1㋕)除く割り引く差し引く差っ引く値引く控除マイナス/(1㋗)奏でる奏する爪弾く囃すかき鳴らす弾ずる

出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例

精選版 日本国語大辞典 「引く」の意味・読み・例文・類語

ひ・く【引・退・曳・牽・惹・弾・挽・碾・轢】

  1. [ 1 ] 〘 他動詞 カ行五(四) 〙 ( 引・曳・牽 )
    1. [ 一 ] 対象を手もとに近づけようと力を加える。
      1. 手繰り寄せる。引っぱる。
        1. [初出の実例]「常陸なる浪逆の海の玉藻こそ比気(ヒケ)ば絶えすれあどか絶えせむ」(出典:万葉集(8C後)一四・三三九七)
      2. 弓の弦(つる)を張り絞る。射る。
        1. [初出の実例]「梓弓引(ひき)み弛へみ来ずは来ず来ばこそをなぞ来ずは来ば其を」(出典:万葉集(8C後)一一・二六四〇)
      3. 草木・毛など、生えているものを抜き取る。
        1. [初出の実例]「童・下仕など、お前の山の小松ひき遊ぶ」(出典:源氏物語(1001‐14頃)初音)
        2. 「山鳥の羹(あつもの)を拵へて〈略〉自分で毛を引(ヒ)いて肉を割いて」(出典:永日小品(1909)〈夏目漱石〉山鳥)
      4. ( 惹 ) 人を誘う。気持を近寄せるようにさせる。「人目をひく」
        1. [初出の実例]「梓弓つらを取りはけ引く人は後の心を知る人そ引(ひく)」(出典:万葉集(8C後)二・九九)
      5. 借りる。金品を提供させる。
        1. [初出の実例]「気のどくなのはうつといふ、女郎にかりるをひくといふ」(出典:洒落本・通人の寐言(1782)下)
      6. ( 札を手もとに引き寄せる意から ) カルタ、花札などで遊ぶ。
        1. [初出の実例]「ばんにゃあどうにでも引べい、市がこやへこふ」(出典:洒落本・契国策(1776)南方)
    2. [ 二 ] 自分につき従うように力を加える。ひき寄せながら移動する。
      1. 綱をつけたりして後ろから従い動くようにさせる。
        1. [初出の実例]「おし照る 難波の崎に 引(ひき)上る 赤(あけ)のそほ舟」(出典:万葉集(8C後)一三・三三〇〇)
      2. ひきいる。伴う。連行する。
        1. [初出の実例]「宰相中将たち、かむだちめ、みこたちひきて参り給ふ」(出典:宇津保物語(970‐999頃)沖つ白浪)
      3. 引き移す。移転する。
        1. [初出の実例]「毎年五月廿八日の御開山聖人様の御頭を〈略〉大谷殿様破させたまひて已来、近松殿へひかせられ」(出典:本福寺跡書(1560頃)妙専尼懐妊夢相之事)
      4. 足やすそを床・地面などに触れたまま動かす。ひきずる。
        1. [初出の実例]「髪のかかりはしもうつくしげに〈略〉袿の裾にたまりてひかれたるほど、一尺ばかり余りたらむと見ゆ」(出典:源氏物語(1001‐14頃)末摘花)
      5. ひきずって持って行く。
        1. [初出の実例]「首玉の入し白猫御ひさうなれば、たとへ肴を引(ヒク)とても追はぬ事なり」(出典:浮世草子・好色一代女(1686)四)
    3. [ 三 ] 多数の中から選んで採り上げる。
      1. 例として挙げる。引用する。列挙する。
        1. [初出の実例]「くれ竹のうきふしを人にいひ、よし野川をひきて、世中をうらみきつるに」(出典:古今和歌集(905‐914)仮名序)
      2. 書物などの中から捜し求める。調べる。
        1. [初出の実例]「速に帳を引て見よと行へば、大なる文を取て、引て見るを」(出典:今昔物語集(1120頃か)一四)
      3. 多くの中から選んでとり出す。
        1. [初出の実例]「王勅して黒と白との二の籌を行(ヒカ)しむ」(出典:百法顕幽抄平安中期点(900頃))
      4. 身近なものとして贔屓(ひいき)にする。後ろだてをして人を引き立てる。
        1. [初出の実例]「この弟の左の大臣を院とともにひき給ひて」(出典:今鏡(1170)五)
    4. [ 四 ] 自分の体に受け入れる。身に及ぼす。
      1. 吸い込む。風邪にかかる。
        1. [初出の実例]「しはぶる人どもも、すずろはしくて、浜風をひきありく」(出典:源氏物語(1001‐14頃)明石)
      2. 浴びる。入浴する。
        1. [初出の実例]「湯殿しつらひなどして、御湯ひかせたてまつる」(出典:平家物語(13C前)一〇)
      3. 酒を飲む。
        1. [初出の実例]「暑間(あつがん)の酒をつぎ我口添て、そろそろ下へおろせば〈略〉半分過引て息をつく所へ」(出典:浮世草子・好色一代男(1682)七)
      4. 先祖からの形質などを受け継ぐ。
        1. [初出の実例]「彼奴は彼家の血を引いたものでもなし」(出典:いさなとり(1891)〈幸田露伴〉三八)
    5. [ 五 ] 物を前後または左右に動かす。
      1. ( 弾 ) 弦をかき鳴らす。弦楽器を奏でる。また、鍵盤楽器を奏する。
        1. [初出の実例]「れいのつれづれなるに、ひくとはなけれど、琴おしのごひて、かきならしなどするに」(出典:蜻蛉日記(974頃)上)
      2. ( 挽 ) 刃物を動かして切ったり削ったりする。また、ろくろがんなで工作する。刻む。
        1. [初出の実例]「沈を一尺二寸ばかり〈略〉、轆轤(ろくろ)にひきて、様々にいろどりて、威儀の御物参る」(出典:宇津保物語(970‐999頃)吹上上)
      3. ( 「碾」とも ) 穀物・茶や肉などをひきうすなどで磨り砕く。
        1. [初出の実例]「さいりんあんよりひきたる御ちや、くしかき一つつみまいる」(出典:御湯殿上日記‐明応三年(1494)一一月二〇日)
      4. 体を左右に振る。
        1. [初出の実例]「コシヲ fiqu(ヒク)」(出典:日葡辞書(1603‐04))
    6. [ 六 ] 長くのばしたり、広くひろげたりする。
      1. 声をのばす。続けて声を出す。また、音声や感情・感覚があとに残る。
        1. [初出の実例]「島国伊引淡路の三原」(出典:琴歌譜(9C前)歌返)
      2. 印を長くのばす。線状に描く。
        1. [初出の実例]「ケヲ fiqu(ヒク)」(出典:日葡辞書(1603‐04))
      3. 糸など細長いものを繰って延ばす。
        1. [初出の実例]「繭つくらせて 糸比支(ヒキ)なさめ」(出典:催馬楽(7C後‐8C)走井)
      4. (そのための道筋をつくって)導いて中に入れる。また、引き入れて施設・設備を設ける。
        1. [初出の実例]「泉流れ派す。国人(みなひと)之を利として以て田に漑(ヒ)く」(出典:大唐西域記巻十二平安中期点(950頃))
      5. ( 「目をひく」の形で ) 目くばせをする。
        1. [初出の実例]「数人なみ居つつ、目を引きゆびをさし笑ひあへる其中に」(出典:車屋本謡曲・鉢木(1545頃))
      6. 布状のものを延べ広げる。板状のものを並べ広げる。張り渡す。
        1. [初出の実例]「み山にはむらむら錦ひけるかと見るにつけても秋霧ぞ立つ」(出典:曾丹集(11C初か))
      7. 隊列を整える。
        1. [初出の実例]「近衛階下に陣をひき」(出典:平家物語(13C前)五)
      8. ( 武者詞で ) 敵方が幕を張るのにいう。
        1. [初出の実例]「打幕 味方の幕に云詞也。引幕 敵の幕に云詞也」(出典:大極流武者詞集(18Cか))
      9. 一面に敷きつめる。上方で、「敷く」ことをいう。
        1. [初出の実例]「前栽うゑさせたまひて砂ごひかせけるに、家人にもあらぬ人の砂子おこせたれば」(出典:伊勢集(11C後))
      10. 延べて塗り付ける。刷毛(はけ)・筆などでひっぱるように塗る。
        1. [初出の実例]「シブ、スミナドヲ fiqu(ヒク)」(出典:日葡辞書(1603‐04))
      11. 平らにする。
        1. [初出の実例]「此家をつくらむと山のかたそわをくづし、地をひきけるあひだ」(出典:作庭記(1040頃か))
      12. 他を吸いつけるように働く。
        1. [初出の実例]「らんぷは行灯、挑灯より明なれども、其の油は石油とて火を引き易き油なり」(出典:日本読本(1887)〈新保磐次〉四)
      13. 蒸留する。
        1. [初出の実例]「去年の囲などは七十九本悉(ことごと)く火を乞ひ、半(なかば)は焼酎を蒸留(ヒキ)たる始末にて」(出典:亀甲鶴(1896)〈小栗風葉〉一)
      14. 横に広げる。たなびかせる。
        1. [初出の実例]「煙草の煙がコメて、天井の中央に、雲のやうに層をひいてゐた」(出典:不在地主(1929)〈小林多喜二〉二)
    7. [ 七 ] 用意して供する。
      1. 贈物をする。引出物を与える。
        1. [初出の実例]「かずかずに君かたよりてひくなれば柳のまゆも今ぞひらくる」(出典:蜻蛉日記(974頃)中)
      2. 配る。当てる。
        1. [初出の実例]「北国の織延べ絹三千疋、往来に寄せらる。これを谷々峯々にひかれけるに」(出典:平家物語(13C前)四)
    8. [ 八 ] 取除いて、なくしたり減らしたりする。差し引く。また、その場から退かせる。
      1. 取りはずす。取り去る。
        1. [初出の実例]「定めて宇治・勢田の橋をばひいて候らん」(出典:平家物語(13C前)九)
      2. 一定の数からある数を除く。減ずる。また、値段を下げる。安くする。
        1. [初出の実例]「縦作毛わるく候て、年貢引申共」(出典:上杉家文書‐年未詳(大永三年(1523)頃)一一月二九日・安吉資忠書状)
        2. 「現金かけ値なし五分でも引(ヒ)かぬ」(出典:滑稽本・浮世床(1813‐23)初)
      3. ( 退 ) 後方へしりぞかせる。後方へ動かす。さげる。
        1. [初出の実例]「ヂンヲ fiqu(ヒク)」(出典:日葡辞書(1603‐04))
      4. 将棋で、後ろにききのある駒を、そのききにそってうしろに動かす。また、ビリヤードで、手球の下部を突き、的球に当たった手球を逆回転させてもどす。
    9. [ 九 ] ( 轢 ) 車輪が人や物を下に敷いて通過する。
      1. [初出の実例]「溝河に落入りてゐる者を救ひ車に圧(ヒカ)れんとする者を助け」(出典:開化問答(1874‐75)二〈小川為治〉)
  2. [ 2 ] 〘 自動詞 カ行五(四) 〙 ( 引・退 )
    1. 後ろへ下がる。後ろへ遠のく。
      1. [初出の実例]「恨みてもいふかひぞなき立重ねひきて帰りし波の名残りに」(出典:源氏物語(1001‐14頃)紅葉賀)
    2. 立ちのく。逃げ去る。退却する。たじろぐ。
      1. [初出の実例]「座をひきて立ちたうびなんなど、おどし言ふもいとをかし」(出典:源氏物語(1001‐14頃)乙女)
    3. 引退する。現役でなくなる。また、学校をやめる。
      1. [初出の実例]「常磐木さんは、見世を引(ヒ)いて居るではないか」(出典:歌舞伎・貞操花鳥羽恋塚(1809)大切)
      2. 「卒業しないで退校(ヒイ)ても先生別に止めもしなかった」(出典:郊外(1900)〈国木田独歩〉一)
    4. たくさんあるものが少なくなる。洪水などがおさまる。
      1. [初出の実例]「ミヅガ fiqu(ヒク)」(出典:日葡辞書(1603‐04))
  3. [ 3 ] 〘 自動詞 カ行下二段活用 〙ひける(引)

出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報 | 凡例

今日のキーワード

発見学習

発見という行為の習得を目指す学習。または,発見という行為を通じて学習内容を習得することを目指す学習。発見学習への着想は多くの教育理論に認められるが,一般には,ジェローム・S.ブルーナーが『教育の過程』...

発見学習の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android