デジタル大辞泉 「御手洗団子」の意味・読み・例文・類語 みたらし‐だんご【▽御手▽洗団子】 米粉のだんごを串くしにさし、軽く焼いて砂糖醤油じょうゆをからめたもの。京都の下鴨神社の御手洗会の時に茶屋で売られる。《季 夏》[類語]団子・串団子・彼岸団子・黍きび団子 出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例
精選版 日本国語大辞典 「御手洗団子」の意味・読み・例文・類語 みたらし‐だんご【御手洗団子】 〘 名詞 〙 京都市左京区の賀茂御祖(かもみおや)神社(下賀茂神社)の葵祭や御手洗会(みたらしえ)などの折に氏子が家々で作り、のちには社頭の茶店で売った団子。小粒の団子を五つずつ串にさし、醤油でつけ焼きにしたもの。その後、甘醤油のたれをつけたものが常時売られるようになった。また、古くは北野社頭の茶屋でも売り、豊臣秀吉に献じたという。みたらし。《 季語・夏 》 〔俳諧・毛吹草(1638)〕 出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報 | 凡例
日本の郷土料理がわかる辞典 「御手洗団子」の解説 みたらしだんご【御手洗団子】 和菓子の一種。米粉で作っただんごを数個竹串に刺し、砂糖じょうゆのたれをからめたもの。◇京都・下鴨神社のみたらし祭で、氏子が五体に見立てて5つずつ串に刺しただんごを供物とし、持ち帰って食べ厄除けとしたものが、境内の茶店などで売られるようになったとされる。また、後醍醐(ごだいご)天皇(1288~1339)が境内の御手洗池で水をすくうと、泡が1つ、しばらくして4つ浮かんできたという伝承から作られたものともいわれる。古くはしょうゆでつけ焼きにしたものであったが、こんにち普及している甘いたれは、和菓子店「亀屋粟義(かめやあわよし)」が考案して1922(大正11)年門前に開業した「加茂みたらし茶屋」で売り出したものとされ、現在も同店に伝わる。また、岐阜・飛騨地方には、しょうゆでつけ焼きにしたものが名物菓子として伝わる。 出典 講談社日本の郷土料理がわかる辞典について 情報
和・洋・中・エスニック 世界の料理がわかる辞典 「御手洗団子」の解説 みたらしだんご【御手洗団子】 和菓子の一種。米粉で作っただんごを数個竹串に刺し、砂糖じょうゆのたれをからめたもの。◇京都・下鴨神社のみたらし祭で、氏子が五体に見立てて5つずつ串に刺しただんごを供物とし、持ち帰って食べ厄除けとしたものが、境内の茶店などで売られるようになったとされる。また、後醍醐(ごだいご)天皇(1288~1339)が境内の御手洗池で水をすくうと、泡が1つ、しばらくして4つ浮かんできたという伝承から作られたものともいわれる。古くはしょうゆでつけ焼きにしたものであったが、こんにち普及している甘いたれは、和菓子店「亀屋粟義(かめやあわよし)」が考案して1922(大正11)年門前に開業した「加茂みたらし茶屋」で売り出したものとされ、現在も同店に伝わる。また、岐阜・飛騨地方には、しょうゆでつけ焼きにしたものが名物菓子として伝わる。 出典 講談社和・洋・中・エスニック 世界の料理がわかる辞典について 情報