仏教の歴史を通じて,出家であれ在家であれ仏教者たちは,禅定もしくは三昧に入るように修行し,禅定や三昧において仏教的真理を知る知恵を得,悟りを悟っていたと考えられる。禅定や三昧によって表層意識を消滅させつつ深層意識を自覚化していき,最深層意識をも消滅させると同時に,彼自身の実存においてあらゆる衆生にゆきわたる根本真理を知る知恵を得,悟りを悟ったのである。したがって悟りとは,そのようなしかたで自我的な人格から解脱して自由になり,衆生に対して無礙(むげ)自在にはたらく新しい仏菩薩的人格へと生まれ変わることであるといってよい。しかし悟りによって悟られる具体的な真理や悟りを表現する言葉は,さまざまな時代や地域においてさまざまに異なっていた。釈尊自身は,いよいよ深い禅定を体得していって過去・未来・現在にわたる自我的存在を放捨しきったところで,いまここに〈解脱〉して自由になるとか〈涅槃〉に入るとかと説かれた。仏弟子たちの教団は,釈尊を〈仏陀(目覚めた人)〉と呼んだり,釈尊の悟りを〈菩提(目覚め)〉と呼ぶようになり,また他方で釈尊の教えをまとめた〈四諦〉の真理を〈現観〉して〈無漏解脱〉を得るとか,〈(十二支)縁起〉の真理を〈観〉じて〈正等覚〉するとか,などと説くようになった。大乗仏教においては仏や菩薩を賛嘆しつづけて三昧に入り,諸仏にまみえて〈不退転〉になるとか〈無生法忍〉を得るとか,さらには輪廻的存在の根拠が消滅し新しく涅槃的存在の根拠が〈転依〉するなどとも説かれた。中国や日本の仏教においては,〈漸悟〉してさまざまな段階の聖人になるのではなく,いかなる人間も〈頓悟〉して同一の仏になることが説かれたり,〈三諦円融,一念三千〉や〈重々無尽の法界縁起〉の真理を観じて〈成仏〉するとか,〈弥陀の本願信ずべし,……摂取不捨の利益にて,无上覚をばさとるなり〉とか〈自己を運んで万法を証するは迷なり,万法来りて自己を証するは悟なり〉とかなどと説かれたのであった。
執筆者:荒牧 典俊
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
…究極の本性である仏性は,善人にも悪人にもそなわっているが,因果の法則にとらわれた人間はそれを知ることができない。悟りとは,善悪の区別を超えた人間の究極的本性を知り,超越的な世界を体験することであるとされる。善【湯浅 泰雄】
[日本の古代・中世における悪]
ふつう道に外れ,法に背く行為を悪とするが,歴史的にはそれほど単純ではない。…
…現在,(1)スリランカ,タイなどの東南アジア諸国,(2)中国,朝鮮,日本などの東アジア諸国,(3)チベット,モンゴルなどの内陸アジア諸地域,などを中心に約5億人の教徒を有するほか,アメリカやヨーロッパにも教徒や思想的共鳴者を得つつある。(1)は前3世紀に伝道されたスリランカを中心に広まった南伝仏教(南方仏教)で,パーリ語仏典を用いる上座部仏教,(2)はインド北西部から西域(中央アジア)を経て広まった北伝仏教で,漢訳仏典を基本とする大乗仏教,(3)は後期にネパールなどを経て伝わった大乗仏教で,チベット語訳の仏典を用いるなど,これらの諸地域の仏教は,歴史と伝統を異にし,教義や教団の形態もさまざまであるが,いずれもみな,教祖釈迦をブッダ(仏)として崇拝し,その教え(法)を聞き,禅定(ぜんじよう)などの実践修行によって悟りを得,解脱(げだつ)することを目標とする点では一致している。なお,発祥の地インドでは13世紀に教団が破壊され,ネパールなどの周辺地域を除いて消滅したが,現代に入って新仏教徒と呼ばれる宗教社会運動が起こって復活した。…
※「悟り」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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