デジタル大辞泉
「成功」の意味・読み・例文・類語
じょう‐ごう〔ジヤウ‐〕【成功】
《公事をつとめて、功を成す意》平安中期以降に盛んになった売官制度。私財を朝廷に寄付して造宮・造寺などを行った者が、その功によって官位を授けられるもの。
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せい‐こう【成功・成効カウ】
- 〘 名詞 〙
- ① 事業を完成すること。仕事ができあがること。目的を達成すること。
- [初出の実例]「件使一任永用、既倦二成功一」(出典:類聚三代格‐五・天長八年(824)四月二一日)
- 「セルカークの事蹟世に公けになりて之を記述し或はせんと試みしもの多きに係らず一人として成効(セイカウ)せしものなく」(出典:落葉(1889‐90)〈内田魯庵〉)
- [その他の文献]〔書経‐禹貢〕
- ② 事業をなしとげた功績。できあがり。成果。また、功を積むこと。年功。
- [初出の実例]「莫レ道成功能管領、一枝蠧桂謝二家君一」(出典:菅家文草(900頃)一・奉和王大夫賀対策及第之作)
- 「遊楽の成功長じて用又躰に成れは」(出典:至花道(吉田本追記)(1420))
- [その他の文献]〔論語‐泰伯〕
- ③ 富や社会的地位を得ること。
- ④ =じょうごう(成功)
- [初出の実例]「僧正勅命に依て、成功(セイコウ)の人を召付て」(出典:源平盛衰記(14C前)二五)
じょう‐ごうジャウ‥【成功】
- 〘 名詞 〙 ( 「じょう」は「成」の呉音。公事を務めて功を成す意 ) 平安中期以降、政府に造宮、造寺などの臨時の出費のあるとき、私財を寄付すること。その用途を賄うことで官位を賜わった。特に院政期に盛んで国司を希望する者が多かった。南北朝以後衰退した。せいこう。
- [初出の実例]「成功者三人、随二其品帙一可レ被二賞進一者」(出典:小右記‐天元五年(982)二月二七日)
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普及版 字通
「成功」の読み・字形・画数・意味
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成功 (じょうごう)
平安時代初期を過ぎるころ,奈良時代からあった贖労銭(しよくろうせん)という財貨を納めた者を下級官人に補任することが盛んになっていたが,さらに朝廷では収入不足の対策の一つとして,宮殿・官衙の建築・修理や諸行事挙行の経費に充てるため,中央・地方の下級官職を用意し,希望して任料を納入した者や,私財で負担してその〈功〉を〈成〉した者をこれに任じた。また公費で営繕することになっていた寺社の建物の場合などにも財源として官職を給し,私費で応じた者を申請させて補任した。こういう売官制度を成功と称した。時代が下ると成功の対象となる官職の数も増すとともに上級に伸び,国司の守(受領),諸寮司の長官にまで及んだ。また成功によって国守(任期4年)を再任することも行われこれを重任(ちようにん)といい,同じく任期を延ばすことを延任と称した。成功による任官が増すと任料が下落し,そのためさらに数を増すといった悪循環を批判されながら鎌倉時代に及んだ。
→売官
執筆者:時野谷 滋
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成功
じょうごう
平安時代に行われた売官制度。朝廷に私財を献じて、各種の造営、大儀などの功(こう)を成し遂げた者に、官職を授与すること。成功に近い制度としては奈良時代の「贖労(しょくろう)」があるが、律令(りつりょう)制の衰退した平安中期以降、国費の不足を補うため、とくに盛んに行われた。国司の任期満了後、成功により重任(ちょうにん)される「重任の功」はその代表。また寺社に官を与え、寺社が功を募り、造営料にあてることもあった。
[渡辺直彦]
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成功
じょうごう
平安時代中期以後,朝廷の行なった売官で,造営や大礼などの費用を献じて任官されること。奈良時代,成功に近い制度として,官人が資財を献じて,実働と同じ評定を受ける贖労 (しょくろう) があったが,荘園の増加により,国家収入が激減した 11世紀なかば以降,宮城や寺社の造営や大行事などにあたり,私財をもって,その助成をした者に官職を与える風が一般化した。また寺社に特定の官を与え,寺社が直接,任官希望者に造営料を負担させることも行われた。国司が4年の任期が終ったのち,成功により重任されることも多く,これを「重任の功」と呼んだ。
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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成功【じょうごう】
平安時代に行われた売官の制度。私費を朝廷に献じて各種の造営などを助けたものに官職あるいは位を授けた。律令制の崩壊する平安中期以後行われ,特に院政時代には遷任(異なる任地に赴くこと)あるいは重任(ちょうにん)(成功によって国守を再任すること)を願う国司がしきりにこの制度を利用した。
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
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成功
じょうごう
平安後期に盛んになった一種の売官制度。国家財政の不足を補うため,朝廷の行事や寺社の修造など,本来は政府が行うべき事業について個人の負担を求め,事業の功をなさせるかわりに,その負担にみあう位階(おもに五位)・官職を与えること。富裕な受領(ずりょう)がこの制度を利用して任期を更新したり(重任(ちょうにん)),任期を延長したり(延任),あるいはより実入りのよい国の受領に転任したりすることも多く,院政期にはほとんど常態化した。
出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」山川 日本史小辞典 改訂新版について 情報
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成功
じょうごう
平安時代に行われた売官制度
平安後期,造寺・造仏が流行すると,朝廷や院に代わってその費用を負担した者が,代償として官職を授けられた。収入の多い国司に任ぜられることが多く,地方政治の乱れにいっそう拍車をかけた。
出典 旺文社日本史事典 三訂版旺文社日本史事典 三訂版について 情報
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世界大百科事典(旧版)内の成功の言及
【国司】より
…その結果,国司とくに国守は,あらゆる手段を講じて国内から徴収した財物のうち,規定の数量を国庫と中央に納めれば,残余はすべて私財とすることができる,いわば徴税請負人的な存在となり,国守の地位は制度上の給与以外に莫大な収入が期待できるものとなった。10世紀ころから遥任国守に対して,任地にあって吏務についての責任を負っている国守または権守,介などを[受領](ずりよう)と呼ぶことがしきりに行われるようになり,受領の権限がひとり強大となって,それ以下の任用国司との地位の懸隔がしだいに大きくなったが,この受領の地位をめぐってしきりに競望が行われ,またその重任(ちようにん),[成功](じようごう)を目ざして激しい運動が展開されるようになったのは,まったくその莫大な収入への期待によるものであった。また国司の地位がやはり10世紀ころから盛行するようになった年官(ねんかん)の主たる対象となり,あるいは院宮分国や知行国のごとき制度が行われるようになったのも,やはり国司の地位がきわめて大きな収入源とみなされるようになったためである。…
【売官】より
…【梅原 郁】
[日本]
国家の財政制度として,公然と希望者を募り,任料,叙料を納入させて任官,叙位を行う売官・売位制度が,平安時代を中心に鎌倉時代に及んで行われた。[年官],[年爵]および[成功](じようごう),[栄爵]がそのおもなものである。いずれも平安時代に入って調・庸の粗悪化,未納が増加し,国家財政が困難になるとともに食封(じきふ)に頼っていた皇族,貴族の経済も窮乏したため,その弥縫(びほう)策の一つとして,前者について成功,栄爵,後者について年官,年爵が成立した。…
※「成功」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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