日本語の〈文化〉という語は〈世の中が開けて生活水準が高まっている状態〉や〈人類の理想を実現していく精神の活動〉を意味する場合と,〈弥生文化〉というように〈生活様式〉を総称する場合とがある。社会科学の諸分野では第2の意味で〈文化〉という概念を使用するのが普通であるが,この意味における〈文化〉についても定義は多様であり,時代的な変化も見られる。
文化人類学からみた〈文化〉
文化人類学における文化の定義の中で最も古典的なものは,E.B.タイラーが《原始文化》(1871)の冒頭で示した定義である。彼は〈文化または文明とは,知識,信仰,芸術,道徳,法律,慣習その他,社会の成員としての人間によって獲得されたあらゆる能力や慣習の複合総体である〉と述べた。こういう包括的な文化の概念はB.マリノフスキーやF.ボアズらによって受け継がれ,その後もさまざまな文化の定義が行われたが,基本的にはタイラーの定義が用いられることが多かった。ところが最近になって,このような文化の概念は研究を進めるうえであまりに包括的で広すぎるという批判が生まれてきた。たとえばC.ギアツは,文化の概念をせばめ,いっそう強力な概念にすることが現代の人類学における一つの課題であると述べている。しかしこれをどのようにせばめるか,どのように定義するかについては,現在のところ一致した見解があるわけではない。
適応体系としての文化
その中の一つは,文化を自然環境に対する適応の体系として見る見方である。主として猿人類から新人類にいたる文化の発展を研究する立場に立つ人々と,文化を生態学的に研究する立場に立つ人々がこの見方をとり,文化を,生態学的に有用で,社会的に伝達される行動様式としてみ,文化の変化を適応の過程と見る。メガーズB.J.Meggersは,〈人間は一個の動物であり,したがって他のすべての動物と同様,その生存のためには,周囲の環境との適応関係を維持していかなければならない。人間は主として文化を媒介としてこの適応をとげてゆくものであるが,そのプロセスの方向は,生物の適応を支配する自然選択の法則によって規制される〉と述べている(《アマゾニア》)。文化を適応体系と見る立場は,技術,経済,生産に結びついた社会組織の要素が文化の中心的な領域と見る。ハリスM.Harrisの〈文化物質主義cultural materialism〉,サービスE.Serviceの〈文化進化主義cultural evolutionism〉,またスチュワードに由来する〈文化生態学cultural ecology〉,ラパポートR.Rappaportらの〈人類生態学human ecology〉などの間には,それぞれ適応の変化がいかに生まれ,いかに行われるかについて異なった見解がみられるが,ラパポートを除き,いずれも経済とそれに関連する社会的側面を第一義的な要因と考え,観念体系(宗教,儀礼,世界観など)を二義的な随伴現象とみる点では共通している。ラパポートは,儀礼の周期を適応体系の構成要素としてとらえている。
観念体系としての文化
文化を適応体系として見る上述の見解と対照的に,文化を観念体系としてとらえる立場がある。それには,文化を認識体系としてとらえるもの,文化を構造体系としてみるもの,文化を象徴体系として見るものがある。認識体系としての文化を力説したのはグッドイナフW.Goodenoughである。彼は文化を,人々の知覚,信念,評価,行動に関する一連の規準であるとする。言い換えると,文化を〈物的現象,事物,できごと,行動,感情を知覚し,秩序づける固有の体系〉と見る。こういう見方はエスノサイエンスethnoscience,認識人類学などといわれる研究分野を発展させた。この立場の人々は,生物学や自然環境の要因よりも人間の精神活動を重視し,現象を秩序づける〈文化の文法〉の発見に努める。研究の方法としては言語に重点をおき,言語を,認識ないし認知過程の鋳型であるとともにそれを反映するものとしてとらえる。そして特定の社会においてどのように分類が行われているかを見いだそうとすることに重点をおくが,その反面,対象社会がそれらのカテゴリーを実際にどのように使用しているか,またその民俗分類は生活のどんな場面に現れるかといったことについての研究がおろそかになりがちであったために,無味乾燥で断片的な民族誌におちいってしまうという批判を受けることにもなった。
文化を観念体系として見る第2のものは,フランスのレビ・ストロースである。彼の唱える構造主義はイギリス,アメリカの人類学界にも大きな影響を与えている。レビ・ストロースは文化を〈人間精神〉が生みだした象徴体系としてとらえ,親族関係,神話,芸術などの分析を通じて,これらの文化的所産を生みだした精神ないし思考の構造を明らかにしようとする。彼にとっては,自然環境や経済などの物的条件は文化に限界を与えるが,それを説明するわけではない。精神の構造において最も基本的なものは二項対立と変形である。多くの民族の観念的で,象徴的な対立の中で最も重要なものは〈自然〉と〈文化〉の対立であると主張する。またたとえば,特定の動植物を集団の始祖としているトーテミズムという制度において,特定の動植物がトーテムに選ばれるのは,それが実利性をそなえているからではなく,自然界における対立と対(つい)が集団の対立と対の関係を表すのに用いられたのだとレビ・ストロースは解釈する。たとえばオーストラリアのある原住民の村は,半族(双分組織)と呼ばれる二つの集団に分かれ,一方はワシをトーテムとし,他方はカラスをトーテムとしている。この2集団は同じ先祖から分かれ,対立しており,この対と対立がワシとカラス(いずれも肉食だが前者が略奪者であるのに対し,後者は腐肉をあさる鳥である)の対(類似性)と対立(対照性)によって表されているというのである。彼はトーテミズムを,自然界と社会を含む万物を分類するという人類の一般的性向に随伴しておこる現象と見ている。レビ・ストロースの神話の分析には,確かに誇張や言過ぎがあるかもしれないが,彼の功績について〈ある精神的大陸の開拓者が地図を十分に書いていないということで彼を非難すべきでない〉とスペルベルD.Sperberが述べているが,そのとおりであろう。
象徴体系としての文化
前述の二つのアプローチとは異なる今一つの文化のとらえ方は,シュナイダーD.Schneiderとギアツによってなされている。シュナイダーは,文化を象徴と意味の体系であると定義する。文化はカテゴリーあるいは単位から,また行動についての規則からなりたっている。それらのカテゴリーは見えるものとはかぎらない。死者とか先祖も文化のカテゴリーである。文化を象徴体系としてとらえるもう一つの立場は,ギアツの文化解釈学である。ギアツは文化を意味論的にとらえる。人間はみずから紡ぎ出した網の目に支えられた動物であり,文化とはその網の目にほかならない。したがってその分析は法則性を求める科学ではなく,意味をさぐる解釈学であると彼は考える。特定の文化をテクストの集合体としてとらえ,その解釈を行う。そしてその解釈は対象社会の生活という脈絡に根ざした〈厚い解釈thick description〉でなければならないと主張する。彼は,エスノサイエンスの立場のように文化のコードが〈文法〉に翻訳されるとは考えない。文化のテクストの解釈は容易な課題ではなく,時間を要する困難な課題である。彼はインドネシアのバリ島の研究において,彼のいう解釈学的方法を適用し,成果をあげた。この中でギアツは,出生順位名,親族名称,暦の原理などの分析を通じてバリ島における時間の観念が循環的であることを力説した。彼はこのように文化内の論理的一貫性を示すとともに,文化内の統合を強調しすぎることは危険であり,文化内の矛盾や不統一はそれぞれがかってに動き出すタコの足を思わせると述べている。
エスノサイエンスやギアツとは違う角度から象徴性の意味を研究する人たちにターナーV.Turner,ニーダムR.Needham,スペルベルがいる。ターナーはヌデンブ族の儀礼における象徴の意味を住民自身の解説によってとらえ,さらにいくつもの象徴の間の関係をさぐる。ニーダムは象徴的分類,とくに二元的象徴体系,特定の集合表象などの比較文化的考察を行っている。ニーダムは,片目,片頰,片腕,片胴,片足といった半分の人間のイメージが世界の諸民族にみられることについて,こういうモティーフに多くの民族が本来ひきつけられる傾向があることを力説し,伝播による説明も,独立に発生したという説明も本来同じことを言っているのだと論じている。
エスノサイエンスの立場の人たちは,言語の分析による厳密な科学的方法をとり,慣習,儀礼といった具体的な行動との連関を軽視するのに対して,ギアツ,シュナイダー,ターナー,ニーダム,スペルベルはそれぞれ独自の方法はとるものの儀礼活動,親族関係,慣習,世界観などの具体的な民族誌的資料を重視し,その分析を通じていわば〈隠れたカテゴリー〉を探求し,文化的象徴性を社会的脈絡においてとらえようとしている。
文化のコラム・用語解説
【〈文化〉に関する人類学の用語】
- 文化進化 cultural evolution
- 生物進化の思想は19世紀後半の西欧を風靡(ふうび)するにいたったが,大発見時代以来発見されてきた未開民族,異民族の社会や文化を,進化論的観点から一般化しようという試みがなされた。初期の人類学はこうした文化進化論に基づいていた。文化進化論は,あらゆる文化は低次から高次へ直線的に同じ段階をたどって進化することを文化の諸様相について論じた。イギリスのE.B.タイラーは,宗教がアニミズムに発して多神教にいたり,やがて一神教に発展したと論じ,J.G.フレーザーは呪術→宗教→科学という発展段階を唱えた。アメリカのL.H.モーガンは,社会の発達を,蒙昧(もうまい),野蛮,文明の3段階に分けて進化論を展開した。ところが,文化の変化は必ずしも一系列的に起こるものではないことが明らかになり,文化進化論はゆらいだが,その後,ホワイトL.A.White,E.サービスらは,文化の新進化論を唱えた。地球上における旧石器時代以来の文化の発達,進化そのものは否定しえない事実であるからである。
- 文化相対主義 cultural relativism
- これはとくに古典的な文化進化主義への批判の一つとしておこったもので,どんな文化もそれぞれ独自の発展をとげてきたものであり,このような文化に対して特定の立場(たとえばヨーロッパ文化)から他文化の〈優劣〉を決めることは正しくないと主張する考え方である。現代の文化(社会)人類学者の多くはこの立場を支持する。これと対照的な見方は,自分の所属する民族の観点から他の民族の価値観,文化一般のことをとらえる自民族中心主義ethnocentrismである。
- 文化変化 culture change
- 未開と文明を問わず,あらゆる文化は変化する。文化変化とは,社会や文化の体系が変化することであり,これには内部的要因に基づくものと,外部的要因に基づくものとがある。内部的要因には,自然環境の変化(集団の移動などによるもの,環境の変化によるもの),経済的要因(採集狩猟経済から食料生産経済への変化,技術上の変化など),人口の要因(人口の増加,人口の性別・年齢別構成の変化)がある。外部的要因は,外部文化からの異文化要素の伝播による変化の要因である。
- 文化変容 acculturation
- 外的要因による文化変化の一つで,これは〈独立の文化をになう二つ以上の社会が,長期にわたって直接に接することにより,いずれか一方または両方の文化体系に変化を生ずる現象〉をいう。文化変容は,西欧の植民地であった地域において原住民とヨーロッパ人との直接の接触を通じ,とくに原住民の側に見られた。文化変容は,互いに接しあう集団の関係によって影響される。たとえば,スペインのカトリック神父のなかで,北米インディアンのヤキ族の所にやってきたものは,インディアンの指導者と結んで新しい村づくりのリーダーとして活躍し,住民と生活をともにし,住民の伝統宗教をとくに禁じようとしないで布教に努めた。その結果ヤキ族の土着信仰はカトリックと融合して独特の展開をみた。ところが,同じ北米インディアンのプエブロ族にやってきたスペインのカトリック神父たちはスペイン軍人を伴い,プエブロ族の伝統的宗教を禁じ,プエブロ族が宗教儀礼に使う神聖な場所をこわし,祭りの道具や仮面を燃やした。また,禁令に反して伝統の宗教儀礼を行った者を鞭で打ったり,絞刑に処した。このためにプエブロ族は表面的にはカトリックだが,同時にひそかに昔ながらの儀礼を行い続けた。そのため宗教面における文化変容はヤキ族とは別の形を示し,土着信仰とカトリックとは融合せずに事実上並存あるいは分立する状態が生まれた。
- 文化接触 culture contact
- 異なる二つ以上の文化の接触をいう。文化接触は異なる文化をになう人たちの接触による場合と,直接的な人間の接触なしに伝播によって異文化が接触する場合とあるが,前述の文化変容をおこすような,異なる文化をになう複数集団の長期にわたる接触のことを指すことが多い。
- 文化摩擦 culture conflict
- 異なる文化が接触すると,人々はそれぞれ自分の文化の規準で相手を推し測るため,互いに誤解や摩擦を生むことが多く,そのような摩擦や葛藤を文化摩擦という。国際間における貿易摩擦においても,このような文化摩擦が関連していることが多い。
- 文化領域 culture area
- 住民が,同系統の言語,生態学的条件(自然環境),経済,宗教などの多くを共有する場合,その地域のことをいう。現在地球上の基本的な文化領域としては,ヨーロッパ,中近東,アフリカ,北アジア,南アジア,オセアニア,北アメリカ,南アメリカが挙げられる。
- 文化類型 culture pattern
- この語はいくつか違った意味に用いられている。R.ベネディクトは,この語を特定の文化に共有される属性として用い,文化の特色を表す概念として使用した。そしてある文化類型をディオニュソス型,他をパラノイド型と呼んだりしたが,後にこのとらえ方に見られる心理学的方法は,批判を受けた。C.クラックホーンは文化類型を,儀礼や挨拶のしかたに見られるような,人間の秩序づけられた行動の連続性を表すのに用いた。
執筆者:
吉田 禎吾執筆者:
吉田 禎吾現代における〈文化〉の意味
文化の概念の定義については,哲学,歴史学,社会学,人類学においてさまざまになされてきた。しかし,たとえば,現代の社会学においては,文化とは何かと問うことよりも,文化は社会のなかでいかなる作用や機能を果たしているかが問題とされるようになっている。アメリカの社会学者ベルDaniel Bellによると,現代の脱工業社会における文化の問題とは,文化が社会構造から乖離(かいり)してきていることである。工場や企業における労働組織や職務配分,地位の配置など産業社会の〈社会構造〉とされている部分は,機能合理性,最小コストの原則,欲望延期説的な価値を前提としている。これに対し,人々の行動や生活のスタイル,芸術的な感性など〈文化〉については対抗文化(カウンター・カルチャー)の影響のもとで反合理主義的なモダニズムが広まっている。すなわち,産業構造はプロテスタンティズム的禁欲倫理を求めるもののままであるのに,文化は自己表現的,ないし生活享受的なものとなっている。文化は社会構造に働きかけるものであるから,この乖離の長期的な結果を社会学者は問題とするのである。
社会の全体のなかで文化をみると,文化とは家庭や学校,マス・メディアなど制度の網目を通じて伝達されていくものである。伝達されるものの内容からいえば,文化には社会に関する価値,規範,神話,象徴,情報などが内包されている。それゆえ,文化は社会のさまざまなレベルの行為者の施策に媒介されるとともに,伝達されるものの内容を媒介としつつ,一社会の人々の間での資源,権力,威信などの配分,すなわち,社会構造に影響をあたえる。それゆえL.アルチュセールなどのようにこれらの文化伝達の制度をすべて〈国家のイデオロギー装置〉と考え,支配階級による支配への国民の合意を調達することがその機能だと説明している人々もいる。このような観点から,学校教育とマス・メディアを現代における主要な問題点として重視する研究者も多い。
このような機能主義的な文化の概念とは異なり,構造主義の影響のもとでは,文化は人間の知の記録の集積であり,その知はコードとして構造化されると考えられた。他方,文化をすべて客体的な構造や文化所産ととらえることに対して,文化を何よりも人間が豊かな意味を生きるところの体験であるとする考え方も広まっている。フランスの社会学者モランEdgar Morinは,文化を構造と体験との間で相互に媒介を行うシステムとして定義している。文化システムは人間のさまざまな体験のうちから,共通なものとすることができ蓄積可能なものをとりだし,おのおのに芸術,文学,哲学,などの作品の形でコード化し,記録し,文化的財として蓄える。これらの文化的財は,その言語や教養などその文化コードを所有する人々によって利用されるのである。かつて体験されたり創作され作品としてコード化されたものは,文化のコードの所有者によって解読され,想像のうちで体験される。このようにして人間は現実と虚構を分離したり混合したりすることによって,現実に対して効果的なしかたで働きかけることができるし,また想像のなかでの生の享受ができる。社会における人間と人間のコミュニケーションは,このような文化システムを媒介しつつなされるところが大きい。
モランの文化の定義は,現代の文化のうちにみられる教養文化(高級文化)と大衆文化との対立をよく説明するとともに,現代における教養文化の危機をよく説明する。教養文化は高度に知的であり,洗練された趣味という知のコードを所有することにほかならないが,その所有は有利な社会的地位の独占と結びついているから,一般の人々はそこから排除される傾向が強い。だがまた,教養文化の所有者の間で成立する知の共同体においても,教養文化を活性化してきた知のコードの更新において,現代では行詰りをきたしている。
さらに今日,文化は社会的不平等を説明する文化資本capital culturelの理論において問題とされている。フランスの社会学者ブルディユPierre Bourdieuは社会的不平等を経済的なそれからではなく,文化資本の配分の不平等から説明している。すなわち,文化資本とは大学を含めた学校教育体系を通じ教育・形成された人々により獲得される理論的・技術的な知識のことである。この知識は中産階級の家庭の有する教養と近いものであることからこの階級の人々には有利であり,学校教育体系は普遍的な知識をあたえるという外観のもとで階級的な選別を行っている,と。文化資本は個人に身体化されたり,卒業資格として制度化された状態で存在する。いずれにせよ経済的資本は,現代の社会のさまざまな回路を通じて文化資本に変形していくし,また文化資本は社会的地位と経済的利益をもたらし,そのようにして社会構造の再生産は保障されるのである。近年においては,文化を規範や教養の普遍的存在様式と考えるよりも,その普遍的外見ゆえに社会的不平等を再生産するものとみる研究者が増えている。
→文明
執筆者:杉山 光信