年の初め。新年がいつから始まるかは暦の観念に応じて必ずしも一定しない。熱帯地方では乾季と雨季の別が明確であるため,それが新年の標準とされることが多い。温帯や寒帯では太陽年が冬夏の2季または春夏秋冬の4季に分かれる。イランでは3月21日の春分(ノウルーズ)が元日であり,古代エジプトでは新年は9月21日の秋分に始まった。ギリシアでは前5世紀までは12月21日の冬至が年の初めであったという。ユダヤ教では教会年の上では春分が新年である。異教時代のローマでは各月の第1日を〈ついたちKalendae,Calendae〉とよんで重視し,前190年からは1月1日が年初とされた。中世初期の教会では3月25日をキリスト降誕御告(おつげ)の日として新年にした。ヨーロッパのカトリック教国では1582年に正式にはグレゴリオ暦に変わった。しかし実際にはドイツ,デンマーク,スウェーデンなどでは1700年ころ,イングランド,アイルランドでは1752年に採用された。太陽暦や太陰暦のほかに季節による農事暦,生活暦がヨーロッパにもあった。マン島では1月1日と11月1日のいずれが真の元日であるか不明で,後者が農事始めである。イングランド,スコットランドで11月に歳の市が立ち,聖マルティン祭があるのは農事暦のなごりであろうという。ゲルマン人が11月半ばころ,火をたいて宴会を楽しんだのもその一つと思われる。
新年の行事には,原始段階では旧年の焼却,旧年と新年の闘争の象徴である火のきりつぎ,来るべき年の豊凶の占い,来るべき年の健康と繁栄のことほぎ,神への供物,祈りなどの公的祭礼が多彩に行われ,文化段階では単なる祝祭になる傾向があるが,原始的なもののなごりはまだみることができる。アフリカのズールー族は,来るべき年の強健と繁栄のために新穀の祝宴をし,男は牛肉を飽食する。北米インディアンのモキ族は冬至の前後,9日ほどにわたって〈ソ・ヤル・ウ・ナ〉と呼ばれる新年の祭りを行い,大きなヘビの形代(かたしろ)を作ってこれを太陽の敵として擬戦を行う。同じく北米インディアンのチェロキー族はたいまつを作り,すべての古い衣服や道具を焼却する。室内をきれいに清掃し,旧年のかまどの火を消し,新火をつけ,翌日から祝宴が始まるが,新しい衣服と装身具をつけ,新穀を調理する。祝宴は3日または4日つづき,隣村の訪問,罪人の釈放などをする。その旧年の焼却の儀礼はヒンドゥー教のホーリー祭を思わせるものがある。
バビロンでは新年は盛大に祝われ,市の神マルドゥクによって人の運命が決定されると考えられていた。ヘブライの新年はタブーの日で,世俗的な仕事をやめ,この日の尊厳を示すためにらっぱを吹き特別の犠牲を神に奉った。ローマではウェスタの聖火をあらため,幸運のしるしとして木の枝を人に贈った。このことが新年に家や教会を常緑樹で飾る習俗のはじめであるという。キリスト教は異教の習慣を破棄しようとして,クリスマス期間(12月25日~1月6日)に新年を取り込み,これとは別に新年を祝うことを禁止した。しかし異教の慣習を無視することは難しく,ついに6世紀中葉,キリスト誕生後8日目のこの日を〈キリスト割礼の日〉として祝うことを認めた。またこのほかにも,万聖節(11月1日)のように民間の新年の行事をキリスト教に取り込んだ例もある。あぜ道に自生する灌木ブラックソーンに火を点じ,火の消えぬ間に冬穀畑の畝をどれだけ横切るかによって,新年の幸運月の数を占う習慣などが19世紀前半まで残っていた地方もある。
現代のヨーロッパの民間にもなお古い習俗が残っている。たとえばスカンジナビアの諸市で鉄砲を撃って新年を迎えるとか,各地で角笛を吹きならすことや,スコットランドで第1番に他家を菓子を持って訪問すると幸運を得るとして午前0時になるとすぐ年始に出かけるなどは特殊の例であるが,一般に行われるものには次のようなものがある。(1)新年の鐘の音をきくこと これは除夜の12時少し前から覆いをした鐘(とむらいの鐘)を打ち,12時すぎると覆いを取って大きく鳴らすが,これは旧年の死を告げるもので,古代エジプトに始まってヨーロッパ諸国にはいったといわれる。(2)年始まわり イギリスなどでとくに盛んであるが,アメリカ合衆国にもニューアムステルダム(現,ニューヨーク)のオランダ人によって伝えられたという。(3)新年の決意 新年は新生と希望の年で,古代イングランドでは煙突掃除,一般にはスレートをきよめて幸運を招来することが行われた。今日〈clean the slate〉という表現は貸し借りをなくすこと,よりよい年を迎えるために過ちや悪習をただす決意をすることを意味する。(4)新年の贈物 元来は神への供物であったが,ローマ時代に領主に贈物をして保護を願うようになり,さらに互いに交換するようになった。フランス,スペインではことに盛んであるという。品物は国や時代によって異なる。なお,日本や中国,朝鮮における新年の観念と行事については,〈正月〉の項を参照されたい。
執筆者:棚瀬 襄爾+三好 洋子
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
1年の初めをいう。1年の初めをどこに置くかについては暦によってさまざまで、現在使われている西洋渡来の新暦では、日照時間がもっとも短くなる冬至を過ぎたころに設けているが、日本で古くから使われてきた旧暦では立春のころとしていた。そしてその正月の中心も、元日つまり新月の朔日(さくじつ)に置く大正月(おおしょうがつ)と、15日つまり満月の望(もち)の日に置く小正月(こしょうがつ)とがあった。1年の初めの緊張はここにもっとも多くの行事を集中させているが、大正月のほうには年神(としがみ)や祖霊の来訪を中心とした儀礼が多く、小正月のほうには豊穣(ほうじょう)祈願の農耕予祝的な儀礼が多くみられる。
[新谷尚紀]
『宮本常一著『民間暦』(1942・六人社)』
…暦の上での1年の切れめを祝う新年の行事。新年を迎えることを,年取り,年越しともいう。…
※「新年」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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