株式会社は増資に際して新株を発行するが,新株の発行価額をそのときの時価を基準に定める発行方法を時価発行,時価発行による増資を時価発行増資という。これに対して新株の発行価額を券面額とする場合,それぞれ額面発行,額面発行増資という。また時価と券面額の中間のある価額で新株を発行する場合,それぞれ中間発行,中間発行増資という。
券面額より高い価額で新株を発行する増資は,1906年ころからアメリカで実施されたと伝えられるが,詳細は明らかでない。やがてアメリカでは券面額を定めない無額面株式が法的に承認され(1912年ニューヨーク州法),ために額面発行増資の意味がしだいに失われ,時価発行増資の発達が促された。日本では明治以来の長年の慣行で,株主割当額面発行増資が一般に行われ,せいぜいそれに並行して若干の時価発行公募増資が行われる程度であったが,69年1月,日本楽器製造(現,ヤマハ)が初めて600万株の時価発行増資を行った(正確には時価発行公募増資であるが,一般にはこれを単に時価発行増資,さらには時価発行という)。その後アルプス電気,東京電気化学工業(現,TDK)と続き,同年中に6件の時価発行増資が行われた。時価発行増資の件数はしだいに増え,72年,73年には時価発行ブームが現出,74年,75年には若干の減少をみたが,76年以降再び盛んとなり,制度として時価発行増資が完全に定着している。時価発行の一形態としての時価転換社債(転換社債)を含めて,81年度には企業の資本市場を通ずる資金調達のうち62.6%が時価発行によるものであった。82年10月からは無額面思想をいっそう強く打ち出した改正商法が施行され,時価発行増資制度の発達をいっそう促進している。
時価発行増資では応募者を公募することが通例である。時価発行増資でも株主割当ては当然可能であるが,増資期間中の株価の変動を考慮すると現実には難しく,実例はない。また時価発行による縁故募集や第三者割当増資も例外的である。時価発行の公募価額等発行条件は,払込期日の2週間前に公告しなければならない(商法280条ノ3ノ2)。実務上,上場会社の公募価額は払込期日の20日ほど前の当該会社の取締役会で決められている。現在,上場会社の時価発行増資は,証券会社の一括買取引受けにより,引受証券会社が応募者を募る形で行われるのが通例であるが,公募価額決定日から払込期日までの株価変動を考慮して,公募価額は決定日の終値から若干ディスカウントして決められている。ディスカウント率は原則として5%未満で,その率は徐々に縮小されてきたが,現在の増資日程からすればこれ以上の縮小は難しいとされている。高成長,高配当を続ける会社の株価は高いので,そのような会社は時価発行増資によって一層の高成長を持続するための自己資金を調達できる。このように市場機能を通じた資金の適正配分が時価発行増資の最大の長所である。一方,新株に応募した株主の立場からは,発行会社が高成長を継続し株価が時価発行価額を下回らないことが要請される。したがって時価発行増資をする会社は,調達資金を有効に活用できる企業体質,収益の成長性,一定水準以上の配当を維持できる財務体質等の諸条件を満足するものでなければならない。また発行会社は成長による利益を株主に無償増資または配当の形で還元すべきとする意見も根強い。このような公募による時価発行会社の備えるべき諸条件ならびに株主への利益還元について,引受証券会社は自主ルールを定めている。なお〈時価発行〉と〈公募〉の関係については〈公募〉の項目を参照されたい。
→増資
執筆者:原田 宏
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…私募(機関投資家など特定少数の投資家を相手に募集)に対するいい方である。(2)時価発行(増資)のこと。公募による増資すなわち公募増資(これも略して公募ということがある)は時価発行で行われるので,公募(増資)を時価発行(増資)と同義に使うことが一般に行われている。…
…新株は,組入相当額につき無償,残りは有償で発行される(280条ノ9ノ2)。(2)公募(時価発行) 一般公衆から新株の引受人を募集する方法。市価に近い価額で発行されるから,会社は券面額をはるかに超える手取金を入手できるし,資本にはそのうちの半分を組み入れればよい(284条ノ2‐2項)から,資金コストは安くてすむ。…
※「時価発行」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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