有田町(読み)アリタチョウ

デジタル大辞泉 「有田町」の意味・読み・例文・類語

ありた‐ちょう〔‐チヤウ〕【有田町】

有田

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日本歴史地名大系 「有田町」の解説

有田町
ありたまち

面積:二六・七四平方キロ

西松浦郡東部、有田川上流域に位置する。東は黒髪くろかみ山や神六じんろく山で杵島きしま郡山内町と境し、南はいわ峠や三領石さんりようせきで長崎県東彼杵ひがしそのぎ波佐見はさみ町および佐世保市と境する。山地大部分が流紋岩の地質で、近世以来これを陶土原料として全国に知られる陶磁器製造の有田皿山ありたさらやまが発達する。皿山代官旧記覚書では文化六年(一八〇九)「御国第一の産物の場所にて、他国の者そのほか入り込み多く、人家も凡そ千軒余の在所に候」とある。

有田町
ありたちよう

2006年3月1日:西松浦郡西有田町・有田町が合併し、有田町(アリタマチ⇒アリタチョウ)に呼称変更
【西有田町】佐賀県:西松浦郡
【有田町】佐賀県:西松浦郡

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「有田町」の意味・わかりやすい解説

有田〔町〕
ありた

佐賀県西端部,丘陵性の山地に囲まれた有田川中・上流域の町。西と南で長崎県に接する。 1889年町制。 1954年東有田町,2006年西有田町と合体。中心集落の有田は伊万里焼の産地として全国的に有名。文禄・慶長の役に従軍した佐賀藩主鍋島直茂が多数の朝鮮陶工を伴い帰国。そのうちの一人李参平が元和2 (1616) 年,有田の泉山に良質の白磁鉱を発見して磁器焼成を始めたと伝えられる。以後有田が肥前窯業の中心地となった。寛永 20 (1643) 年酒井田柿右衛門 (柿右衛門〈1世〉 ) が赤絵の焼成に成功,伊万里焼に新生面を開いた。近代以降工業用磁器を含む窯業関係の大工場が立地し,毎年4月 29日~5月5日の陶器市は客でにぎわう。県の窯業試験場,有田陶磁美術館があり,1980年に県立九州陶磁文化館が開館した。創業期の窯跡が多く,国指定史跡の柿右衛門窯跡,肥前磁器窯跡 (→天狗谷古窯址 ) がある。陶磁器で知られるドイツのマイセンと姉妹都市。泉山の弁財天社境内の大イチョウは国の天然記念物。有田内山地区には江戸から昭和の各時代の代表的町屋が並び,国の重要伝統的建造物群保存地区に選定。東部の黒髪山一帯は黒髪山県立自然公園に属する。 JR佐世保線,松浦鉄道,国道 35号線,202号線,498号線が通じる。面積 65.85km2人口 1万9010(2020)。

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