東陽英朝(読み)とうよう えいちょう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「東陽英朝」の解説

東陽英朝 とうよう-えいちょう

1428-1504 室町-戦国時代の僧。
正長(しょうちょう)元年生まれ。土岐持頼(もちより)の子。臨済(りんざい)宗。京都竜安(りょうあん)寺の雪江宗深(せっこう-そうしん)の法をつぐ。丹波竜興寺(京都府),京都の大徳寺,妙心寺,尾張(おわり)(愛知県)瑞泉(ずいせん)寺などの住持をつとめた。帰郷して美濃(みの)(岐阜県)少林寺開山(かいさん)となる。永正(えいしょう)元年8月24日死去。77歳。諡号(しごう)は大道真源禅師。

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世界大百科事典(旧版)内の東陽英朝の言及

【妙心寺】より

…健全な禅は安定した寺院経済を基礎にして成立するという当寺の伝統は,禅を茶道に密着させた大徳寺の禅を評して〈大徳寺の茶づら〉というのに対して,〈妙心寺のそろばんづら〉という呼称を世間に生むもととなった。宗深のあと,門下に東陽英朝(1428‐1504),景川(けいせん)宗隆(1425‐1500),悟渓宗頓(1416‐1500),特芳禅傑(1419‐1506)の四傑が現れ,妙心寺の宗勢は戦国期に興隆した。今川氏に迎えられた大休宗休(だいきゆうそうきゆう),太原崇孚(たいげんすうふ),武田家の帰依をうけた快川紹喜(かいせんじようき)などは当寺の寺僧であり,妙心寺派は戦国群雄と結んで盛んに地方に進展した。…

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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」