翻訳|right
「権利とは何か」について、さまざまな考え方があり、これまで多くの議論がなされてきた。広くは、一定の利益を享受しようとする意思、あるいは利益そのものが権利であるとする考え方があるが、一般に、法あるいは法規範との関連において、「一定の利益あるいはその利益を守ろうとする意思が法によって承認され、その実現について国家機関、とくに裁判所による保障を与えられているもの」と説明される。しかし、このような定義づけをしても問題は残る。「法によって承認され」というが、それでは、法があるから権利があるのか、たとえば自然法上の権利、道徳的権利は権利ではないのか。また、「裁判所による保障」というが、それでは、裁判で認められなければ、つまり裁判以前には権利はないのか、などの問題である。権利の実現の保障という観点からすれば、裁判によって認められたものだけが権利であるということになるが、そこまで厳密に考える必要はなく、一般に法律によって認められていれば権利であるといってよいと思われる。また、法律がその条文で権利として認知していなくても、国民が権利として確信し、権利主張をし、それが裁判所によって認められ権利として定着した場合には、これを権利ということができる(たとえば、日照権、プライバシーの権利、知る権利、入浜(いりはま)権など)。したがって、権利が制度的なものであるにしても、国民の権利意識の形成、権利主張を通して、新たな権利が形成されていくという側面を見落とすことはできない。
[本間義信]
権利は法とともに語られてきた。法規範によって規制される社会関係あるいは人間関係はつねに権利義務の関係として構成される。権利はそれに対応するものとしての義務とともに考えることができる(たとえば、売買契約に基づく売り主の代金債権と買い主の支払債務など。例外的に、契約の取消権・解除権などの形成権はそれに対応する義務を考えることができない)。したがって、権利関係は一般に権利義務の関係といえる。そして、この権利義務関係を定めているのが法(近代法)であるから、法と権利は表裏一体をなしているのであって、権利は法の主観的側面であるといえる。フランス語のdroit(subjectif)、ドイツ語の(subjektives) Rechtなどのように、ヨーロッパの言語では、法と権利が同じことばで表現されるのはこれを物語っている。
権利の種類としては、まず公法上の権利(公権)と私法上の権利(私権)とがある。さらに、公権には、国家主権、自衛権、租税徴収権などの国権と、幸福追求権、思想の自由、良心の自由、表現の自由、信教の自由、教育権、労働基本権などの基本的人権がある。また、私権は種々であるが、権利の内容によって財産権と非財産権に、その作用から支配権、請求権、形成権および抗弁権に分類される。私法上の権利・義務の主体たりうる一般的資格を権利能力という。
権利を有する者は、原則として権利行使の自由を有する。しかし、その権利行使がある限界を超えて行われ、他人の利益を不当に妨害した場合(ある企業が企業活動の結果、周辺住民に公害を及ぼした場合など)には、それは許されるべきでなく、これを権利の濫用という(民法1条3項)。権利の本来有する社会性からして当然のことと認められているが、ただ、いかなる場合に権利の濫用と認めるのかは、公益、公共の福祉との関連でとらえなければならない多くの問題を含んでいる。
[本間義信]
人が社会的に一定の行為をなすとき,その主体の観点からみた行為の正当性の根拠となる基本概念の一つ。広義には規範(ルール)によってつくり出される正当性,法律用語としては法規範によってつくり出される正当性,狭義にはみずからの意思によって法的救済を求めうる法的可能性の意味に用いられる。〈私は被害者として加害者を糾弾する道徳的権利がある〉とか〈第1回戦の勝者は第2回戦に進む権利がある〉とかという場合の権利は広義の場合の例で,権利を意味する上記の英・仏・独語が元来〈正当性〉を意味することとかかわっている。
日本語の権利という言葉は,もっぱら法律用語として導入された。明治初期には〈権理〉という訳語も行われ,そのほうが訳語として適切だという意見もある。法律用語としての権利は,法によって禁止されていないというだけの単なる自由からは区別され,また単なる〈法によって保護された利益〉(たとえば関税定率法によって国内のある業界が利益を受けるというような反射的利益)とも区別され,みずからの意思で法的保護を求めうる法的可能性をいう。たとえば信教の自由は,法律によって侵された場合にも,訴訟をおこして最高裁の違憲立法審査権の発動を求めることができるから(憲法81条),単なる自由でなく,自由権である。ただし,このような保護を受けるためには,権利の主体となりうる資格である権利能力があらかじめ備わっていなければならない。
法は命令または禁止によって義務を課するものであるから,〈法あるところ義務がある〉が,義務違反に対する制裁を被害者が訴求しうるとは限らないから,〈法あるところ権利あり〉とはいえない,という有力な説がある。その立場によれば,現在の民法や商法が不法行為や債務不履行の場合に,相手方に訴権を与えているのは,権利中心の構成をとる近代私法の特色だということになる。この理論を基礎として,〈近代〉と区別された〈現代〉は,社会連帯の理念から,義務中心の法体制に転換しなければならないとか(L.デュギー),日本人には近代的法意識が欠けているから,権利意識が低いのだ,などといわれることがある。
他方には,人間は実定法以前に自然権をもっていて,法はそれを保護するためのものだという自然権思想もある。T.ホッブズは,人間には法以前に生命防衛権があり,それを保護するために国家がつくられるが,国法が生命を侵そうとする場合には,個人は法や拘束を免れると主張した。J.ロックもこの自然権保護の制度として国家を設立したとし,その思想はアメリカ独立宣言を経て日本国憲法に流れている。この権利中心の法思想と,義務中心の法思想の対立は,ある程度まで,自然法論と法実証主義の対立に対応している。
権利はさまざまな観点から分類される。公法上の権利は公権,私法上の権利は私権と呼ばれる。さらに公権には,刑罰権,警察権等の国家的公権と,参政権,自由権等の個人的公権とがある。また私権では,とくに財産権が歴史的にも重要な意義をもつが(財産権の不可侵),現代では人格権等も重視されている。
権利を侵された者を救済する制度として裁判制度がある。相手の行為が犯罪であれば検察庁や警察に告訴して,加害者の処罰を求めることができる。行政官庁による権利侵害に対しては行政訴訟で争うことができる。民事上の権利については,民事訴訟をおこし,最終的には強制執行によって,権利の実現を求めることができる。
→基本的人権 →義務 →権利意識 →法意識
執筆者:長尾 龍一+長谷川 晃
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…道徳,宗教,習俗などと並ぶ社会規範の一種。広義では実定法と自然法とを総括するものとして,狭義では法律と同意義で用いられることもあるが,現実に社会で行われている実定法をさすのが最も一般的な用法である。 法は,制定法,判例法,慣習法,条理など,さまざまの形態(法源)をとって存在するが,他の社会規範からある程度分化し自立的な存在形態をとるようになると,おのおの独自の構造的・機能的特質をもついくつかの規範群から組成された一つの体系として存立し作動するようになる。…
…道徳,宗教,習俗などと並ぶ社会規範の一種。広義では実定法と自然法とを総括するものとして,狭義では法律と同意義で用いられることもあるが,現実に社会で行われている実定法をさすのが最も一般的な用法である。 法は,制定法,判例法,慣習法,条理など,さまざまの形態(法源)をとって存在するが,他の社会規範からある程度分化し自立的な存在形態をとるようになると,おのおの独自の構造的・機能的特質をもついくつかの規範群から組成された一つの体系として存立し作動するようになる。…
…ドイツ法史の用語。11世紀後半から13世紀にかけて,ドイツでは大小さまざまの領邦(ラント)が形成されていったが,その領域に一般的に妥当する法およびその法記録がラント法である。このころになると,主観的権利(レヒト)と客観的規範(レヒト)の両義をあわせもつ法(レヒトRecht)観念が出現するとともに,教会法と世俗法の区別をはじめとするさまざまの法領域の分化が進行し,その過程を通じてラント法も一個の独自の法領域としてみずからを確立してゆく。…
…このことばは,多義的に用いられる。(1)最狭義では,ある具体的な状況において自分に社会規範(特に実定法規範)がいかなる権利を与えているかについての自覚的な認識を指す。また,より一般的に,自分に何が権利として与えられているかに対する関心,または自分の権利の実現のために必要な場合には〈権利のための闘争〉(イェーリング)をも辞さないという積極的な態度をも指す。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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