永沢寺(読み)えいたくじ

日本歴史地名大系 「永沢寺」の解説

永沢寺
えいたくじ

[現在地名]豊田市篠原町 寺洞

曹洞宗、伏竜山と号す。本尊釈迦如来。旧名永源寺と称す。「西加茂郡誌」によると、文明元年(一四六九)曹洞宗大徹派の堂良の法孫礼応俊茂によって創建され、今川氏の庇護を得て発展する。織田氏に焼かれて、慶安元年(一六四八)今の地に移り、永沢寺と改称往古は現在地より一七、八町山奥にあったという。伊保いぼ城主の丹羽氏、挙母ころもの本多氏との由緒もある。

天文一九年(一五五〇)の今川義元禁制(当寺蔵)は、市内で最初の義元文書である。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

世界大百科事典(旧版)内の永沢寺の言及

【通幻寂霊】より

…68年(正平23∥応安1)総持寺の住持となり,同寺では82年(弘和2∥永徳2),88年(元中5∥嘉慶2)の3度に及び住持をつとめている。1370年(建徳1∥応安3)には細川頼之の帰依を受けて丹波永沢(ようたく)寺の開山となり,また教化活動にはげみ多くの弟子を有し,一派を形成した。了菴慧明(りようあんえみよう),普済善救(ふさいぜんきゆう),石屋真梁(せきおくしんりよう),天真自称(てんしんじしよう),不見明見(ふけんみようけん)などの弟子のうち,相模最乗寺の了菴の一系は関東地方から奥羽地方に教線を扶植し,石屋は守護島津元久の保護を受けて薩摩の福昌寺を開創し,また周防泰雲寺,長門大寧寺,美作(みまさか)西来寺などの諸寺を開創して九州・中国・山陰地方などに教線を拡張し,通幻の一派は全国的に発展した。…

※「永沢寺」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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