一般には,単なる統計上の規則性を超えて,より確固たる基盤の上に立てられたと考えられる秩序について用いられる語。ただし確固たる基盤を何に求めるかによって,法則についての解釈も異なることになる。ヨーロッパの伝統のなかでは,その基盤が神にゆだねられていたことは,ヨーロッパ語で〈法則〉を表す語が,どれも受動態で〈(秩序正しく)置かれたもの〉という原義をもち,それゆえ,能動者としての神がその背後に前提されている事実からも明瞭である。ちなみに,日本語では人間を律する秩序としての〈法律〉と人間以外のものを律する秩序としての〈法則〉は区別されるが,ヨーロッパ語では通常この区別はない。
ヨーロッパの歴史のなかでは,神が被造物の世界に“置いた”秩序を追究することを通じて,人間は,神の計画や意志を知ろうとする,という構造が生じたことは見逃せない特徴である。啓蒙主義の台頭(18世紀)以降,この構造は世俗化し,法則の追究そのものが自己目的化するが,今日の科学はまさしくそうした事態から生まれたといえる。神が人間に“置いた”法律としての倫理規範,真理規範などは,こうした科学的法則からは分離されることになった。したがって,科学における法則は,基本的には〈対象〉(それが自然であれ,人間社会であれ,人間であれ)のなかに存在し,それを観測する主体によって経験という形式を通じて理解されるものと考えられるのが普通である。こうした理解のなかでは,法則を支える確固たる基盤はしばしば〈対象〉の確実性に求められ,それは対象の世界の実在性を信じる実在論や,唯物論と結びつく。実在的事物のなかに存在する規則的で不変な関係--それ自体も実在する--が法則ということになる。
もっとも,〈経験〉を過度に強調すると,法則の実在性の主張は希薄になる。例えばD.ヒュームは,因果的な法則も,単に経験的事実の統計的合致もしくは連関にすぎないと考え,マッハは,法則をデータの統計に対する経済的な言い換えに還元しさえした。また,論理実証主義における経験主義の吟味などを通じて,経験が確固たる基盤にはなりえないことが明らかになるに及んで,最近では,法則に対する規約主義的解釈が一般化している。つまり,法則に登場するいくつかの概念を,人間が世界を把握するための一種の道具と考え,それらの間に見いだされる固定的な関係も,その関係を通じて世界の一つの側面が切り出されるにしても,それ以上の実在的な意味を与えないでおこう,という解釈がそれである。こうした規約主義的な法則観は,近年ではより広範な理論体系全体にも拡大される傾向にある。実際,法則は,たとえニュートンの運動法則の場合のように,ある分野(この場合は巨視的対象の示す力学的現象を扱う古典力学)の最も基本を形造るいわゆる基本法則であってさえ,それ一つで孤立して存在しているわけではない。時間や空間,速度,加速度,力,……など数多くの力学理論を支えるさまざまな概念のつくり出す意味の文脈のなかで初めてニュートンの運動法則も本来の意味が与えられる。さらにはニュートンの運動法則もまた,そうした力学理論全体を支えかえす重要な要素の一つである。したがって,かつては,法則は,個別事象からの帰納である,という単純素朴な考え方が一般的であったが,個々の法則を一つ一つ取り出して云々すること自体が,あまり意味のないこととして受け取られるようになった。
科学においては,こうした強い理論的裏付けをもったものを〈法則〉,それの弱いものを〈規則〉と呼んで区別することがある。論理法則や数学の法則のもつ絶対的確からしさについては,カントの総合的-分析的,先天的(ア・プリオリ)-経験的(ア・ポステリオリ)という著名な区別を立てた議論以来,現実の反映説,思惟法則説など数多くの解釈が生まれたが,今日では厳密な一種の規約主義による解釈が一般的である。つまり,論理法則の場合,われわれは,論理語をいくつかの論理法則が成り立つように使用する,という規約のなかにいるのであって,逆にいえば,論理法則とは,論理語(〈……でない〉〈または〉〈かつ……〉など)の使用規則であることになる。なお,法則といえば普通は因果法則(因果関係)を指すことが多いが,それは原因と結果の関係が法則によって掌握できる場合,好ましい結果を招き,望ましくない結果を避けるように,原因の側を制御するという目的を,人間が一般に持ち合わせているからである。逆に統計的法則の場合には,この原因の制御が困難なばかりでなく,また,結果の予想さえ,確実には行えない。
→規範 →法
執筆者:村上 陽一郎
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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