〘形口〙 あさ・し 〘形ク〙
① 空間的に表面、外面などの基準面から内部方向への隔たりが小さい、距離が短い。深くない。奥深くない。
※催馬楽(7C後‐8C)
沢田川「沢田川袖つくばかりや 安左介礼
(アサケレ)ど はれ 安左介礼
(アサケレ)ど くにの宮人や 高橋渡す」
※
日葡辞書(1603‐04)「Asai
(アサイ) ヤマ」
② 感情、情趣、思慮、分別、思考、知覚心理などが、表面的で単純である。
(イ) 感情が痛切でない。情愛が薄い。思い方や思いやりが不十分である。
※万葉(8C後)一六・三八〇七「安積香山(あさかやま)影さへ見ゆる山の井の浅(あさき)心をわが思はなくに」
※宇津保(970‐999頃)俊蔭「汝不孝の子ならば、親にながき嘆きあらせよ。孝の子ならば、あさき思ひのあさきにあひむかへ」
(ロ) 思慮、分別に乏しい。軽率で軽々しい。あさはかである。
※源氏(1001‐14頃)若菜下「ゆくりかに、あやしくはありしわざぞかし、とはさすがにうち覚ゆれど、おぼろげにしめたるわが心からあさくも思ひなされず」
※日葡辞書(1603‐04)「ココロノ asai(アサイ) ヒト〈訳〉単純で策略のない人」
(ハ) 情趣や美の到達度が不十分である。浅薄である。
※源氏(1001‐14頃)若紫「これは、いとあさく侍り。人の国などに侍る海山の有様などを御覧ぜさせて侍らば、いかに御絵いみじうまさらせ給はむ」
(ニ) 感情、情趣などがおさえられて、あっさりとしている。
※花鏡(1424)奥段「音曲を本として、風体をあさく舞などをも」
③ 物事と関係しあう程度が薄い。かかりあい方が深くない。
(イ) 縁、恩、交際などの人間関係が薄い。
※青表紙一本源氏(1001‐14頃)若紫「げに思ひ給へより難きついでに、かくまで、のたまはせ、きこえさするも、あさくはいかが」
※平家(13C前)七「一樹の陰にやどるも先世の契あさからず」
(ロ) ある行為や
状態の程度・度合などが深くない。「傷は浅いぞ、しっかりしろ」
※紫式部日記(1010頃か)
消息文「慈悲ふかうおはする仏だに、三宝そしる罪は浅しとやは説い給ふなる」
(ハ) 伝統、知識、経験などがまだ十分でない。
※源氏(1001‐14頃)若菜上「なに事もまだあさくて、たより少くこそ侍らめ」
※日葡辞書(1603‐04)「チエノ asai(アサイ) ヒト〈訳〉知恵のすくない人」
④ 色や香がかすかである。
(イ) 色が薄い。淡い色である。
※大和(947‐957頃)六一「藤の花色のあさくもみゆるかなうつろひにけるなごりなるべし」
※日葡辞書(1603‐04)「Asai(アサイ) ミドリ」
(ロ) 香が強くない。香がほのかである。
※源氏(1001‐14頃)梅枝「花の香は散りにし枝にとまらねど移らむ袖にあさくしまめや」
(ハ) 霧や霞などが多くなく、うっすらとかかっている。
※落梅集(1901)〈
島崎藤村〉小諸なる古城のほとり「浅くのみ春は霞みて 麦の色はつかに青し」
※栄花(1028‐92頃)見はてぬ夢「位などもあさう、人々しからぬ有様にてあるにや」
⑥ 始まりから、それほど日時がたっていない。
(イ) その季節になってからまもない。また、そのために季節(特に春)らしさの現われが、十分でない。
※
山家集(12C後)中「春あさき篠
(すず)の籬
(まがき)に風さえてまだ雪消えぬ
信楽(しがらき)の里」
(ロ) 日がまだ長くたっていない。
※油地獄(1891)〈斎藤緑雨〉一「出京後日数が浅
(アサ)いので兎角
(とかく)馴染がない」
⑦ (
出番が)早い。寄席芸人の間でいう。「出番が浅い」「浅いとこに出る」
[語誌]動詞「浅
(あ)す(浅せる)」と同根。ある
基点からの内部方向への隔たりを表わし、「深い」と対義関係になって、その隔たりの
大小を表わす。①~④⑥の
用法は「深い」の
対義語、②④は「薄い」と
類義語。ただし色については「浅」は「あさみどり」のように青系統の色に用い、「薄色」は紅・紫の赤系統の色に用いる。また、地位や身分をいう⑤は
和歌には見えず、物語類に見える表現で、「高い」の対義語であったが、中世以降は新たに生じた「低
(ひき)し」が用いられるようになる。
あさ‐さ
〘名〙
あさ‐み
〘名〙