船舶が他国の領海内を通航できる権利のこと。領海は国家領域の一部であるが、すべての国の船舶は外国の領海において無害通航権を有する。これは、国際交通の利益と便宜を考慮して、沿岸国の領域権に対して課される制限の一つであって、1982年の国連海洋法条約に詳しい規定が整備されている。
無害通航とは、沿岸国の平和、秩序または安全を害しない通航をいう。通航は、継続的かつ迅速でなければならず、潜水船は海面上を航行しその旗を掲げなければならない。漁船は外国の領海で漁業を行うことは禁止される。沿岸国は、領海における無害通航に関して一定の法令を制定する権限を与えられており、また、航行の安全のために必要と認めるときは、航路帯を指定したり、または分離通航方式を設定することができる。さらに、無害でない通航については、それを防止するため必要な措置をとる権利をもち、自国の安全のため不可欠である場合には、領海内の特定区域において、外国船舶の無害通航を一時的に停止することができる。他方、沿岸国は、無害通航を妨害してはならない義務を負い、領海内における航行上の危険を適当に公表しなければならない。また、領海の通航のみを理由とするいかなる課徴金を課すこともできない。領海を航行中の外国船舶内で行われた犯罪に対して、沿岸国が刑事裁判権を行使しうるのは、犯罪の結果が沿岸国に及ぶ場合や、船長が沿岸国に援助を要請した場合などに限られる。また、沿岸国は、領海を航行中の外国船舶内にある人に関して民事裁判権を行使するために、当該船舶を停止させたり、またはその航路を変更させてはならない。
無害通航権について争いがあるのは、軍艦も一般の商船と同様にこの権利を行使することができるかどうかである。欧米の海洋先進国は、無害通航権は船種の違いを根拠に否認されることはないと主張しているのに対して、軍艦の通航は当然に無害とみなすことはできず、その領海通航については、事前の通告を行わせるか、または事前の許可を求めさせると主張する国は少なくない。国連海洋法条約の採択過程では、この問題をめぐって諸国の見解が対立したので、条約には、軍艦が無害通航権を有するかどうかを直接に規定した条文は置かれていない。また、今日では、地球環境保護の問題への関心が急速に高まっていることもあり、軍艦のほかに、核物質など危険で有害な物質を積載する船舶の領海通航が規制の対象となるかどうかが論議を集めるようになっている。そのため、今後の各国の実行が大いに注目されている。日本は、1968年の国会において、核兵器積載艦船の領海通航は無害とはみなさないという立場を表明し、この立場に変更がないことは、96年の国連海洋法条約を批准するさいの国会審議においても確認されている。
なお、領海のなかでも、国際海峡に該当する部分の通航は国際交通上きわめて重要なので、国連海洋法条約においては、新しい国際海峡の通航制度が設立された。すべての国の船舶と航空機は、国際海峡においては妨げられない通過通航権をもつ。通過通航とは、国際海峡の迅速な通過のために航行と上空飛行の自由を行使することをいう。また、群島国家の群島水域において外国船舶は無害通航権を享有するが、群島水域のなかでも国際交通に通常使用される航路においては、すべての国の船舶と航空機に対して、国際海峡における通過通航権と同じ趣旨の群島航路帯通航権が認められることになった。
[田中則夫]
『小田滋著『注解国連海洋法条約 上巻』(1985・有斐閣)』▽『山本草二著『海洋法』(1992・三省堂)』▽『高林秀雄著『国連海洋法条約の成果と課題』(1996・東信堂)』
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…ただし,そのためには,通航が沿岸国にとって無害なもの,すなわち,沿岸国の平和,秩序,安全を脅かさないものでなければならない。これを無害通航といい,無害通航をする権利を無害通航権という。また領海を通航する外国船舶は,沿岸国が国際法に従って制定した領海における無害通航に係る国内法令を遵守しなければならない。…
※「無害通航権」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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