Yahoo!辞書

kotobank > 片岡千恵蔵とは

 

片岡千恵蔵 【かたおかちえぞう】

  • 6件の用語解説(片岡千恵蔵で検索)

世界大百科事典 第2版の解説

かたおかちえぞう【片岡千恵蔵】  1904‐83(明治37‐昭和58)

映画俳優本名植木正義。群馬県生れヒット作の一つに《七つの顔》があるが,遠山の金さん18本,多羅尾伴内11本,宮本武蔵10本,国定忠治9本,浅野内匠頭8本,大石内蔵助6本,机竜之介6本と,当り役作品本数明らかなように,まさしく〈七つの顔〉をもつ映画スターであった。それらに共通する個性特徴明朗さで,若いころの美剣士ぶりにはユーモア気配があり,中年以降豪快さを演ずるときはむろん,一転して虚無的な心情を演じても,どこか明るさを感じさせた。


All Rights Reserved. Copyright(C)2013, Hitachi Solutions Business, Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

片岡千恵蔵 かたおか-ちえぞう
 
1904-1983 昭和時代の映画俳優。
明治37年1月20日生まれ。歌舞伎役者から映画界にはいり,片岡千恵蔵プロを創設,「赤西蠣太(かきた)」などを製作主演戦後東映のスターとして「多羅尾伴内(たらお-ばんない)」「判官シリーズなど娯楽映画に出演する一方,「血槍富士」「大菩薩峠」などに円熟した演技をみせた。昭和58年3月31日死去。79歳。群馬県出身。本名は植木正義。

この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2009.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。収録人物のデータは2009年1月20日現在のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

片岡千恵蔵
かたおかちえぞう

[生]1903.1.20. 群馬
[没]1983.3.31. 東京
映画俳優。本名植木正義。片岡少年劇を経て 1927年マキノプロに入社。『萬花地獄』などに出演,28年千恵蔵プロを設立伊丹万作,稲垣浩らとトリオを組み,時代劇の人気スターとなった。その後日活大映を経て東映に移った。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。


Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

大辞林 第三版の解説

かたおかちえぞう【片岡千恵蔵】
 
(1903~1983) 映画俳優。本名,植木正義。群馬県生まれ。歌舞伎から映画に転じ,時代劇を中心に長く第一線のスターとして活躍。代表作「国士無双」「赤西蠣太」「血槍富士」など。


(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉の解説

かたおか‐ちえぞう 〔かたをかちヱザウ〕 【片岡千恵蔵】
 
[1903~1983]映画俳優。本名、植木正義。群馬の生まれ。昭和の初め伊丹万作稲垣浩とともに千恵蔵プロを設立し、以後時代劇を中心に数多くの映画に主演した。代表作に「国士無双」「宮本武蔵」「血槍富士」など。

この辞書の凡例を見る
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

百科事典マイペディアの解説

片岡千恵蔵 【かたおかちえぞう】

映画俳優。本名植木正義。群馬県生れ。1927年に片岡少年劇から映画界入り翌年片岡千恵蔵プロダクションを設立,伊丹万作・稲垣浩監督とトリオを組み,新鮮な時代劇スターとなる。 (1904-1983)
※本文は出典元の用語解説の一部を掲載しています。


All Rights Reserved,Copyright(C)2013,Hitachi Solutions Business, Ltd. ご提供する『百科事典マイペディア』は2010年5月に編集・制作したものです

世界大百科事典内の片岡千恵蔵の言及

【活劇映画】より
…やがて第2次世界大戦の進展とともに,映画興行も制限され,外国活劇のヒットは見られたものの,日本の活劇は,わずかに黒沢明の柔道映画《姿三四郎》(1943),《続・姿三四郎》(1945)を例外として,戦争活劇が主体になっていった。
[戦後の活劇]
 戦後の活劇の隆盛をもたらしたのは新会社,東映で,前身の東横時代から,占領軍による時代劇規制のもと,時代劇スターが現代劇に出演,片岡千恵蔵の《多羅尾伴内》シリーズ(1947‐60)や《にっぽんGメン》(1948),市川右太衛門の《ジルバの鉄》(1950),両者共演の《難船崎の決闘》(1950)などがつくられ,これらの探偵活劇や暗黒街活劇は〈時代劇王国〉東映のもう一つの顔になった。1950年代から60年代にかけて,探偵活劇の流れからは《警視庁物語》シリーズ(1955‐64)や《点と線》(1958),《黄色い風土》(1961)などの犯罪・推理ドラマが生まれ,暗黒街活劇の系譜としては,片岡千恵蔵の《奴の拳銃は地獄だぜ》(1958),鶴田浩二主演《花と嵐とギャング》(1961),《誇り高き挑戦》(1962),高倉健主演《恋と太陽とギャング》(1962),《暴力街》《恐喝》(ともに1963)などがつくられ,小林恒夫,石井輝男,深作欣二らの活劇監督が輩出した。…
【大菩薩峠】より
… 最初の映画化は日活の《大菩薩峠》二部作(1935‐36)で,監督は稲垣浩(第1部には山中貞雄と荒井良平が応援監督),机竜之助には大河内伝次郎,お浜には入江たか子が扮した。第2回は東映の《大菩薩峠》三部作(1953)で,監督は渡辺邦男,机竜之助を片岡千恵蔵,お浜・お豊の二役を三浦光子が演じた。第3回は同じく東映の《大菩薩峠》三部作(1957‐59)で,監督は内田吐夢(とむ),机竜之助を前作と同じ片岡千恵蔵,お浜・お豊の二役を長谷川裕見子が演じた。…
【血槍富士】より
…大井川の川止めにあった宿場を舞台に,さまざまな人々の姿が,大金を所持する者や挙動不審の者をめぐる泥棒騒ぎ,女衒(ぜげん)に売られていく娘の身の上などの数々の挿話を通じていわゆる〈グランド・ホテル形式〉で描かれ,そのなかで,若殿を殺された槍持ちの権八が数名の侍を相手に闘い,仇討を果たすに至るさまをつづる。抑揚のきいた演出と権八役の片岡千恵蔵の名演とによって,前半,酒乱ながらも人のいい若殿に対する権八の思いやりがあたたかく描き出され,ラストは一転,えんえん長い凄絶(せいぜつ)な死闘のなか,槍をふるって闘う権八の憤怒が,下層の人間,追いつめられた者のエネルギーの爆発としてくりひろげられる。井上金太郎原作・脚色・監督,月形竜之介主演《道中秘記》(1927)の映画化で,第2次世界大戦中から9年間の中国生活を経て,1953年に帰国した内田吐夢の戦後第1作。…
※「片岡千恵蔵」について言及している用語解説の一部を掲載しています。


All Rights Reserved. Copyright(C)2013, Hitachi Solutions Business, Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

片岡千恵蔵に近い言葉→片岡千恵蔵プロダクション|片岡|岡千仞|『知恵蔵』『イミダス』電子化|青森県つがる市木造亀ケ岡千石萢|千恵プロ|松岡千代|千恵盛|栃木県矢板市片岡|茨城県石岡市片岡

片岡千恵蔵の関連情報

ニュース検索

ショッピング検索

「片岡千恵蔵」のスポンサー検索

スポンサードリンク

 

ページの先頭へ戻る

キーワード情報キーワード情報

関連キーワード関連キーワード

  • アクセスランキングアクセスランキング

  • 09月03日更新
  • rssrss

  • 今日のキーワード今日のキーワード

  • rssrss

お知らせお知らせ