猪牙船(読み)ちょきぶね

精選版 日本国語大辞典 「猪牙船」の意味・読み・例文・類語

ちょき‐ぶね【猪牙船】

〘名〙
① 明暦三年(一六五七)の江戸大火以後、江戸市中の河川などで通船・猟船・遊船にひろく使われた軽快な一~二挺櫓の小船。山谷通いに利用されたので山谷船ともいう。船型は船首の鋭い水押造り、上口長さ約二五尺(約七・六メートル)、幅四・五尺(約一・四メートル)の細長いもので、速力を出すのに適し、その速さは有名であった。東海・関西では「ちょろ」という。
御触書寛保集成‐四二・正徳四年(1714)八月「一ちょき船之儀、当夏中令停止、不残解船に申付候之処」
② 瀬戸内方面の小廻しの廻船で、小は十石積から大は百石積以上におよび、西国筋から薪・炭その他商売物を積んで大坂・灘界隈に運送した。船型はべざい造りに似ているが、上廻りはごく簡素な構造となっている。
※諸船増減御願之留メ(1790)「一猪牙船弐拾石積 壱艘」

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改訂新版 世界大百科事典 「猪牙船」の意味・わかりやすい解説

猪牙船 (ちょきぶね)

瀬戸内海を中心に,西は北九州から東は太平洋岸を回って東京湾に至る広い地域に分布していた和船。そのうち瀬戸内海や有明海でいうチョキは50~60石積みの大型運搬船であったが,多くはそうでなく,長さ6~7m,肩幅1.3m程度の,むしろ小型の軽快な船であった。多くはやはり運搬船・漁船として使われていたが,江戸ではこれがもっぱら吉原通いの船として使われていた。チョキとはその形がイノシシの牙に似ているからだというが,別にチャク(舴)の転訛だという説もある。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「猪牙船」の意味・わかりやすい解説

猪牙船
ちょきぶね

江戸の吉原へ通うのに使ったという舳先(へさき)のとがった小形で船足の速い船。長吉という船頭がつくったとか、また長吉が漕(こ)ぎ手として上手であったから「長吉船」のなまりとか、船首が猪牙に似ているからとかの説がある。漁船として古くからあり、しかも伊勢(いせ)以西では同型の船をチョロといい、速いことをいうチョロチョロが語源であるともいうが、江戸の幕府水軍ではチョロと称していた。瀬戸内海では猪牙船とは小回しの廻船(かいせん)の呼称であり、50石積み前後の船体で、関東の「ちょきぶね」とはまったく別のものである。紀州、瀬戸内海、九州などの小回しの海運においては重要な役割を演じていた。

[小川 博]

『石井謙治著『図説和船史話』(1983・至誠堂)』


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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「猪牙船」の意味・わかりやすい解説

猪牙船
ちょきぶね

(1) 茶船の一種で,船首を鋭くした水切りのよい軽快な小船。普通船頭1人で漕ぎ,江戸では吉原通いの山谷船として有名であるが,その軽便な点を利して小荷運送や磯漁にも使われた。語源は,船首を猪 (いのしし) の牙のように長く突き出しているためであるというが,別の説もあって定かでない。関西では「ちょろ」という。 (2) 江戸時代,瀬戸内海沿岸各地で荷物運送に使われた 10~100石積み程度の廻船。「いさば」とともに近距離の商品輸送に活躍し,関東の猪牙船とはまったく性格の違う小廻船で,強いていえば五大力船と荷足船 (にたりぶね) の中間的性格のものであった。 (3) 明治以後,大阪,神戸など関西の港湾で主用された大型の瀬取船で,関東の「だんべい」に相当する。

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百科事典マイペディア 「猪牙船」の意味・わかりやすい解説

猪牙船【ちょきぶね】

略して猪牙とも。屋根がなく,へさきのとがった細長い軽快な小舟。江戸時代に20石積程度のものを荷舟として使用。船足が速いので隅田川などの交通用にも用い,吉原通いに利用されたため山谷舟とも呼ばれた。明治中期に消滅。なお関西でも,ちょろ,小早などと呼ばれた同形の小舟があった。

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世界大百科事典(旧版)内の猪牙船の言及

【船宿】より

…江戸では,浅草御門から柳橋周辺の河岸,日本橋,江戸橋近辺の河岸を中心に,今戸橋,山谷河岸,本所,深川などに散在し,納涼,花見などの船を出すほか,その座敷は男女の密会や,酒宴の場として使われた。さらに,吉原通いに猪牙船(ちよきぶね)を仕立てることが有名なように,船宿では遊客のためのさまざまな便宜をはかり,実際には待合茶屋,出合茶屋としての機能を果たしていた。【玉井 哲雄】。…

※「猪牙船」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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