町七丁目(読み)こうじまちななちようめ

日本歴史地名大系 「町七丁目」の解説

町七丁目
こうじまちななちようめ

[現在地名]千代田区麹町五丁目

麹町六丁目の西に続く甲州道中に沿う町屋。西は麹町八丁目、北は六番ろくばん町、南は武家地。もとは麹町八丁目から続く谷町であったが、寛永期(一六二四―四四)に四谷堀の揚土を使って埋立てられた(麹街略誌稿)南横町清水しみず谷に通じ、北横町通は六番町に出る。町屋は大通りを中心に南北に展開しており、南側の町屋裏は武家地として利用された。天和元年(一六八一)信濃高遠藩内藤家上屋敷が収公され、旗本阿部家の屋敷となった。正徳五年(一七一五)旗本阿部家の東側の旗本屋敷が収公されて、出雲松江藩松平(越前)家中屋敷となった。大通りの北側の町裏は享保一三年(一七二八)に旗本屋敷が収公されて、町方持明地となった(沿革図書など)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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