家族または血縁集団の,守護神的な属性をもつ先祖とみなされる霊魂をいう。生者が死者に対して抱く情緒反応には,死者に対する愛情と死体から遊離する死霊への恐怖という,相矛盾した情緒の併存がみられ,死霊が高められた存在である祖霊の性格にもそれが反映されている。祖霊の性格は当該社会の生産構造とかかわり,2類型がみられる。第1は,アジア・アフリカの山地ないし森林地帯の焼畑農耕民・牧畜民の世界に関連してみられるもので,死霊を葬送を通して死者の世界に送り,祖霊に高められた死霊を手厚くまつる型である。満州族では祖霊は木や森に宿ると考えられ,見えざる霊を木や森を依代(よりしろ)にして祖霊祭が営まれる。第2は,死霊から先祖霊に至るまで一貫した祭りを行い,死者に対する恐怖感をしだいに減じて親しい関係にまで高めていく祖先崇拝の型で,東南アジアから大洋州にかけての農耕栽培民の世界に関連してみられる。祖先崇拝は生者と死者の相互依存関係において成立する。先祖の地位を得るには,子孫を残すことが必要で,先祖をまつる者には幸せを,怠る者には罰を与える属性をもっている。形態については多様である。前者の類型においてもガーナのアシャンティ族,ダホメーのフォン族,ナイジェリアのヨルバ族などの西アフリカ熱帯雨林地帯の諸族は,宇宙の創造者,支配者である最高神を頂点に,精霊(せいれい),祖霊をその下に配したパンテオンを形成している。おおむね祖霊は集合霊であるが,アシャンティ族の王のように個体的祖霊としてまつられる例もある。第2の類型にあっても,中国では族譜をもち同族を中心とするのに対し,日本ではイエを中心とするなど多様性をみせている。日本における祖霊は,島国でかつ山・野・海の地理的多様性を反映させて上述2類型に加えて,死者はすべて悪霊となるとみなす漁労・農耕民的類型との文化的習合によってなった産物である。死霊は精霊(しようりよう)として子孫の供養をうけ,しだいに没個性化・浄化して33年ないし50年忌の弔い上げによって集合霊である祖霊に組み入れられる。氏神も祖霊とかかわるものが多く,皇祖神も国民の遠祖とされるなど,その概念は多様である。
→死霊(しれい)
執筆者:藤井 正雄
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
家族および親族の祖先の霊。死者一般の霊としての死霊と区別される。アフリカの狩猟採集民サンでは、死霊は一般に恐れられているが祖霊と区別されない。しかしケニアに住むバントゥー系の民族集団カンバでは、親族の祖霊と、所属のわからない死霊とに分けられ、前者は違反を犯した子孫に災厄をもたらすが、後者はだれにでも理由なしに祟(たた)る。キリスト教や南米のクナ・インディアンでは、祖霊は生者に直接の影響を与えることはないが、生者と引き続いて強い関係を持ち続けると考える社会においては祖先崇拝となる。日本では死者の霊は三十三年忌においてその個性を失いカミとして集合的祖霊に合一する。この祖霊は多くの場合生前の居住地からあまり遠くない山にいて子孫を見守る。カミとなった祖霊は毎年盆と、かつては正月にも、子孫の家を訪問しては供応を受け、そして家の繁栄を守護するのである。このように帰るべき家をもたず、子孫に祭られることがないのが無縁仏である。日本で生者に災厄をもたらす、すなわち祟るのはおもにこうした無縁仏、人間としての生を全うせず横死した者の死霊である。
祖霊の子孫に対する関係は、病気や災いをもたらす懲罰的なものと、恩恵を与える保護的なものに分けられる。中国や日本の祖霊は後者の傾向が強く、アフリカの諸社会の祖霊は前者の傾向が強い。たとえば西アフリカの農耕民タレンシでは、祖霊は親族集団の秩序や存続を脅かすような行為を行った者を病気にしたり、その他の不幸やときには死をも与えると信じられている。そうした場合、子孫は供犠(くぎ)を行って祖先の怒りをなだめるのである。このような祖霊の性格の相違を親族集団の連帯性の強弱によって説明しようとする試みがなされている。集団が単一の原理で構成されている場合(たとえば父系原理)、連帯性は強く祖霊の制裁は必要ではない。それに対し複数の原理が働く場合、葛藤(かっとう)が生じやすく、祖霊の宗教的制裁が必要になると考えられるのである。
[加藤 泰]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
…柳田国男によれば日本人は古来,死後はその霊が家の裏山のような小高い山や森に昇ることを自然に信じてきたのだという。山に昇った荒魂(あらみたま)は時の経過とともに清められた祖霊となり,やがてカミの地位にまで上昇していく。そしてそれらのカミは,里に降りてくるときは田の神や歳の神としてあがめられ,またいつしか氏神や鎮守の神としても祭られるようになった。…
…しかしその中核は神道と仏教の習合関係にあり,一般には神仏信仰(カミ,ホトケに対する信心)として発展した。その発展の過程でこの神仏信仰は,アニミズムとシャマニズムに基礎をおく祖霊観念と結びついてその活動範囲をひろげ,その結果〈神〉は造化神や自然神や土地神をはじめとする精霊や祖霊までを含み,〈仏〉も仏教の仏,菩薩(ぼさつ)はもちろん,それらとは性格を異にする守護神や先祖や死者までを意味するようになった。以下その性格・特徴と考えられるものを3点に分けて考察してみよう。…
…死者の霊魂である死霊は,身体から独立した存在として存続するが,この間に他界観と関連した諸儀礼が行われることが多い。すなわち,死霊は親族・縁者の供養をうけ続けることによりしだいに死穢を脱し,祖霊化して同一集団の祖霊群の仲間に入り,子孫を守護する存在になるとされる。その期間はさまざまである。…
…神は人間の目には見えず,あらゆるものに宿っていると考えられたが,人間の住む場所から離れた山の上や,海のかなたに神々の世界があると考えられ,人間が死ぬと,肉体を離れた霊魂もそこへ行くと信じられていた。死者の霊魂は年月を重ねるうちに,生前の個性を失って祖霊と融合し,神々の中に加わる。したがって,神々の世界と人間の世とは,隔絶・絶縁されてはおらず,神々は定期的に,あるいは臨時に人間の住む場所を訪れ,ある期間ともに住むものと信じられていた。…
…また〈たま〉は最高の形態としては神霊を意味し,祈願・供養の対象として崇拝された。一般に日本では,人の死後,その死霊は祖霊を経て神霊になるという観念が強く抱かれてきた。不浄の霊(荒魂(あらみたま))から清浄な霊(和霊(にぎみたま))への浄化の過程が意識されたのであり,そこに日本人の間に根強い祖先崇拝の基盤があるといえよう。…
※「祖霊」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
〘 名詞 〙 年の暮れに、その年の仕事を終えること。また、その日。《 季語・冬 》[初出の実例]「けふは大晦日(つごもり)一年中の仕事納(オサ)め」(出典:浄瑠璃・新版歌祭文(お染久松)(1780)油...
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