笠利方(読み)かさんほう

日本歴史地名大系 「笠利方」の解説

笠利方
かさんほう

近世、笠利間切の笠利湾側を中心に置かれた行政区分。「かさりほう」ともいう。同間切の赤木名はつきな方を東西に分けるような範囲で、自然地形に応じた区分とはいえない。現在の笠利町の北部から南部にわたる。龍郷たじご(現龍郷町)田畑佐文仁が正徳二年(一七一二)から元文三年(一七三八)までに開いた新田四九四町余の新田のうちに笠利方の手花部ていーぶ村・喜瀬きしえ村、芦徳あつしよ(現龍郷町)が含まれていたという(奄美大島史)。安永六年(一七七七)笠利方与人は鹿児島の慶事のため渡海しているが、天明六年(一七八六)には同じく龍佐運が鹿児島に赴いている(大島代官記)。「大島私考」によれば、笠利間切が広大であるために置かれた区分で、村数七ヵ村、与人と間切横目各一名を配した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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