家庭医学館 「精神療法のいろいろ」の解説
せいしんりょうほうのいろいろ【精神療法のいろいろ】
精神療法とは、精神科や心療内科の領域の病気に、職業的専門家がさまざまな手段で心理的はたらきかけを行なうことをさします。どのような手段をとるかは、病気の種類、状態、患者さんの側の適性、治療者の考え方、病院の体制により異なりますので、信頼のできる専門家に相談してください。
精神療法は、対象となる患者さんが1人であるか複数であるかによって、個人精神療法と集団精神療法とに区分することができます。
●個人精神療法
●集団精神療法
◎精神療法の種類
●家族療法
●精神分析療法(せいしんぶんせきりょうほう)
●森田療法(もりたりょうほう)
●催眠療法(さいみんりょうほう)
●行動療法(こうどうりょうほう)
●自律訓練法(じりつくんれんほう)
●サイコドラマ(心理劇)
●作業療法
●遊戯療法(ゆうぎりょうほう)
●絵画療法(かいがりょうほう)
●箱庭療法(はこにわりょうほう)
●無(む)けいれん通電療法(つうでんりょうほう)
●個人精神療法
日本で行なわれる精神療法は、個人精神療法の形をとることが多く、これは患者さんと治療者の1対1の人間関係を基礎とした、もっとも基本的な治療法です。患者さんは、治療者によって、支持的な慰め、自分が生きていくに値する人間であるという保証などを受けながら、自分の病気の原因や状態を理解し、洞察(どうさつ)を進めていきます。その過程で、感情が発散され、浄化作用(じょうかさよう)(カタルシス)がおこります。そして、最終的には人格の構造の変化が治療目標となります。これは、すべての精神療法の基本となるものです。
●集団精神療法
集団場面で行なう精神療法をいいます。患者さんと治療者という人間関係のほかに、患者さん同士の相互作用が治療に深くかかわってきます。ほかの患者さんと共感する体験をもつことで、精神的成長が期待できます。
種々の精神障害を対象に病院内で行なったり、人格障害や薬物・アルコール嗜癖(しへき)の患者グループで行なったりします。後述するサイコドラマや作業療法なども集団精神療法の1つです。
●家族療法
精神的な症状や問題行動は、患者さん本人のみに原因があるわけではなく、家族というシステムになんらかの機能不全があるためだという理論を背景にしています。したがって、治療は患者さんとその家族が対象です。家族がどのようなコミュニケーションをもっているかを認識し、それを変化させることにより問題解決を目ざします。家族全員と治療者が面談したり、患者さんに付き添ってきた家族に治療者が助言や指示を与えたりします。
●精神分析療法
S・フロイトの精神分析理論を基礎にした治療法です。フロイトは、人間にはまだ意識化されていないさまざまな感情や欲求が無意識の領域にあると考え、ここにある心の葛藤(かっとう)や傷を意識化していくことで症状が消失していくことを明らかにしました。
患者さんはこの治療法のなかで、現在・過去の体験や感情について、自由に連想していくことを求められます。その過程で、自分が触れられたくない部分で連想に行きづまったり、治療者との間で自分の親との関係を再現したりします。このような経験を重ねながら、治療者とともに洞察を進めていきます。神経症性障害や人格障害などがおもな対象です。
●森田(もりた)療法
日本人の精神科医、森田正馬(まさたけ)によって創出された治療法で、「あるがまま療法」とも呼ばれます。心の葛藤に無理に立ち向かおうとせず、「あるがまま」に受け入れることで、禅(ぜん)の悟りに近い心境を獲得するともいわれます。人間の自然治癒力(常態心理)の発動化を促す方向で治療は進められます。
まず入院してからしばらくは、絶対臥床(ぜったいがしょう)が命じられ、いっさいの外界との接触、娯楽は禁止されます。何もしてはいけないわけですから、心の葛藤や自分自身と直面せざるをえないことになります。その後、軽作業期、重作業期、社会復帰準備期を経て、あるがままの自分を受け入れ、心の問題から自分自身を解放することができるようになります。原則として、40~60日の入院をしますが、外来治療で行なわれることもあります。不安障害(ふあんしょうがい)、心気障害(しんきしょうがい)、強迫性障害(きょうはくせいしょうがい)などがおもな対象です。また、がん末期の「生きがい療法」にも応用されています。
●催眠療法
催眠現象を利用した心理的治療法で、古くはギリシア時代に起源があります。催眠術などと混同され、偏見や誤解を受けやすいのですが、きちんとした専門家のもとで行なわれるものは、心理生理学的な科学的治療法です。
人間は催眠の状態に入ると、心身が特異なトランスという状態になり、被暗示性が亢進(こうしん)します。これを利用して、心身の緊張・不安を取り除くよう暗示を与えたり、抑圧されていた感情を表現させたりします。心身症(しんしんしょう)や神経症性障害、ヒステリー性反応などに有効とされています。また、歯科領域では抜歯(ばっし)の際に、産婦人科領域では無痛分娩(むつうぶんべん)にこの手法が用いられることがあります。
●行動療法
恐怖症(きょうふしょう)や心身症などの困った症状は、行動について誤った学習がなされたか、いまだ正しい学習がなされていない結果であると考える学習理論を背景としています。精神分析療法などのように心理的な面には立ち入らず、行動自体が治療の対象となります。
代表的な方法は、不安や恐怖の対象に慣れさせる、系統的脱感作療法(けいとうてきだつかんさりょうほう)と呼ばれるものです。高血圧や片頭痛(へんずつう)などの心身症では、血圧や皮膚温を測定してフィードバック(自己調節)し、反応のコントロールを体得するバイオフィードバック法があります。恐怖症、強迫性障害、心身症などの症状、不登校などの問題行動などに適用されます。
●自律訓練法(じりつくんれんほう)
自己統制(セルフコントロール)を目的とし、自己暗示を利用した身体調整法です。からだの部位に注意を集中し、心身の状態をコントロールする感覚を反復練習して身につけていきます。1日3回、2~5分で練習でき、比較的場所を選ばないことから、一般のリラクゼーション法としても普及しており、自己学習用の書物やビデオも市販されています。心身症や神経症性障害に有効です。
●サイコドラマ(心理劇)
数人の患者さんが自由に劇を演じる集団精神療法です。劇のなかでさまざまな役割を演じていくことで、自分の問題点に気づく自己洞察や、感情表出によるカタルシスを得ていきます。治療者はテーマを与えますが、劇はメンバーの自由な意志を尊重して進行します。したがって、自発性を高める訓練としても有効といえます。精神科の臨床では、おもに神経症性障害などの患者さんを対象に、1グループ8~12名で行なわれます。
●作業療法
手工芸、木工、園芸作業、レクリエーションなど、からだを使う活動によって、生産的で社会的な活動に携わろうという意欲を回復させていく集団療法です。おもに、統合失調症の長期入院者などを対象に、作業療法士が中心となって行ないます。また、デイケアのプログラムとしても行なわれています。技能の向上といったことよりも、自発性や現実検討力を増進させること、社会的な役割について自覚を促すことなどに主眼がおかれます。
●遊戯療法
言語で自分を表現することがむずかしく、成人と同じ方法では治療意欲に欠けがちな子どもの精神療法として考えられたものです。ごくふつうに子どもたちが行なっている、人形や楽器、スポーツ、ゲームなどの遊びをコミュニケーションの手段として用います。子どもは自分を見守る治療者との人間関係のなかで、保護された時間と空間を経験し、自己表現ができるようになります。子どもは、遊びのなかに、意識的、無意識的な問題点の手がかりを表わすものです。個人精神療法として行なう場合もありますし、グループで行なうこともあります。
●絵画療法
創作活動によって言語では表現されない心理面を投影させ、患者さんの創造性や自発性を高めていく精神療法を芸術療法(げいじゅつりょうほう)といいます。絵画を用いた絵画療法は、その芸術療法の一分野です。
患者さんは絵画のイメージを通して、無意識のなかに閉じこめてしまっていた感情を解放していきます。そして、そこに投影された自己の内面を客観的にながめ、問題点を洞察していきます。また、治療者と患者さんの間で描かれた絵画を話題にし、感情的な交流を深めることにも使われます。個人療法として行なわれることもありますし、集団で行なう場合もあります。
題材は患者さんの描きたいものを選ぶ場合と、課題を決める場合があります。よく用いられるのは、実のついた1本の木を描くバウムテスト、家・木・人を描くHTP法、山や川などの要素を描きこんでいく風景構成法、家族メンバーを描く家族絵画療法などです。
うつ病や神経症性障害、心因反応、心身症から問題行動まで、適応範囲の広い精神療法です。芸術療法にはほかに、粘土造形、詩、写真、俳句・連句なども用いられます。
●箱庭(はこにわ)療法
患者さんが、砂の入った箱の中に種々の玩具(がんぐ)を並べ、ひとつの「世界」を構成することにより、治療を進めていくやり方です。遊戯療法でもあり、芸術療法でもあります。
玩具は、人・植物・建築物・柵(さく)・石・乗り物・動物・怪獣などのミニチュアです。患者さんは好きな玩具を選択し、それらを砂の上に配置していきますが、そこには患者さんの内界が表現されます。治療者は、表現された世界に統合性があるかどうか、空間配置がどのようになされているか、テーマは何か、どのような象徴的意味があるかを解釈し、治療の助けにしていきます。解釈にはふつう、C・G・ユングの分析心理学が用いられます。患者さんにとっては、表現すること自体が癒(いや)しの意味をもちます。幼いころ遊んだ砂に触れることで、原始的な感覚を思い出し、心理的に発達段階が元に戻る退行という現象をおこすのだと考えられます。おもに子どものチックや夜尿症(やにょうしょう)、選択性緘黙(せんたくせいかんもく)などの治療に用いられますが、成人の治療にも用いられます。
●無けいれん通電(つうでん)療法
頭部の皮膚から脳に通電し、けいれんをおこすことで精神症状の改善をはかる身体的治療を電気けいれん(ショック)療法といいます。この方法は躁(そう)うつ病や統合失調症に効果があったため、薬物療法が登場するまでは、精神科における主要な治療法でした。
無けいれん通電療法も開発され、以前のように、全身けいれんにより患者さんに恐怖感を与えることはなくなりました。薬物療法が主流となった現在でも、自殺(じさつ)(希死(きし))念慮(ねんりょ)の強いうつ病や緊張病性の昏迷(こんめい)、ヒステリー性の症状に有効性が認められ、引き続き身体的治療として用いられています。