広義には,諸社会単位の間に成立している均衡関係を動揺・混乱させる行動を広く意味する。ここで社会単位とは,個人および個人が形成する集団を典型とするが,そのほか言語,宗教,種族,経済,政治その他で社会文化の特徴を共通にする人びとの集団ないし階層・階級であることもある。これらの社会単位間の紛争のうち最も代表的なものは,対立する当事者どうしが相手方の保持・支配する価値を争って意識的に攻撃・防御する相互行動であり,これを対争と呼んでもよいが,実際には多くの態様がある。大別すれば,心理的紛争である緊張・不和・葛藤など,身体で闘う喧嘩・格闘など,道具・武器を使用する決闘・戦闘・戦争など(ただし敵討ち,試合など,ほぼ規則の統制のもとに行われるものは紛争とは呼ばない),実力に訴えることなく言語によってする議論・論争など(法的紛争はとくに権利・義務に関する論争である)もある。以上のどの対争にも,時間的には一時的な衝突から何世代にもわたる宿怨闘争feudまで長短各様がある。対争と異なり競争は,2名あるいはそれ以上の社会主体が,当事者の外にある価値を最初にあるいはより多く獲得しようとして争うものである。競争の場合には,競技,コンテストなどの例に見られるように,紛争の仕方を統制する規則が貫徹していることが多く,当事者は必ずしも対決を意識しているわけではない。
紛争はしばしば有用な物を破壊し,人の心を傷つけ,社会秩序をおびやかすから,この消極的機能によって人びとから嫌悪され,反社会的行為あるいは病理現象とみなされる場合が多い。だが他方,紛争は人間の社会に不可避的に生じ,ときには抑圧された人間性を解放し,その自由と活気と進歩のために不可欠な契機であることもある。紛争のこのような積極的機能を,G.ジンメルはつとに強調していたが,後に,K.レビンらの心理学者,L.コーザーやR.ダーレンドルフらの社会学者,M.グラックマンらの人類学者,それに国際関係論・ゲーム理論の研究者などが加わって学際的研究に発展し,K.E.ボールディングに代表されるように紛争研究を社会科学の新分野として成立させるほどにいたった。今や社会の問題は,〈社会あるところ法あり〉だけではなく〈社会あるところ紛争あり〉を前提し,秩序論と紛争論とをあわせて考察すべきであろう。
したがって,紛争が発生したさいに,これを一途に悪と見て何よりもその解消を急ぎ,もっぱら原因者を制裁し秩序の回復をはかるのは,一面では人の自然の情だが,常に妥当な態度であるとは必ずしも言えない。その消極的機能は極力抑えなければならないが,その積極的機能の方はむしろ助長すべきである。そのような判断に立って,発生した紛争を意図的に制御して加工・変形すなわち成形し,ルールのもとにむしろ進行させることが良策である。それは紛争を持続させながら処理することである。事実,人類社会は紛争に対してそのように対処してきたし,またさまざまの紛争処理手段を発達させてもきた。それらの社会的紛争処理手段のうち特定のものは,法律によって制度化されて,法律的紛争処理制度となった。裁判はその代表例だが,実は社会的紛争処理手段の全体系の中にその一部分としてくみこまれて機能しているのである。この全体系においてルールは慣習から法まで強弱さまざまだが,紛争は通常このようなルールのもとで発生,進行,終結し,そしてルールを批判し進歩させてきた。その意味では,紛争と紛争処理,紛争と法とは同時存在であり,紛争と秩序は連続的である。
紛争処理手段としては,まず紛争を予防するための社会的安定が基礎的なものだが,実際に紛争が発生した場合には,まず当事者による処理手段として,両者の実力行使を抑制した交渉・話合い,ルールのもとの対決・闘争,また冷却期間をおき両者を離隔させることなどがある。しかし,両者の話合いを促進し,ときには両当事者の意に反しても紛争終結を強制する第三者の介入が,第2次的に発達した。介入者としては,未開社会における神や超自然的権威あるいは首長・長老などの指導的人物などから,現代社会における組織・団体の管理責任者や上役,個人関係における上長・先輩・実力者・もの知りなどさまざまあるが,弁護士や裁判官に代表されるような専門家も発達した。介入の方式としては,話合いの契機を与える仲介(または斡旋),紛争処理案を示唆する調停,あらかじめ約束しておいて処理案を受諾させる仲裁,当事者の意思にかかわらず処理案を強制する裁定(法律上の審判や判決はその一例)がある。人は,これらさまざまの手段を適宜に選択し,順次に適用して紛争を処理している。この意味で,法律的紛争処理制度だけでなく,社会的紛争処理手段をも整備し改善することが重要な紛争処理の方策となる。
→法人類学
執筆者:千葉 正士
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
紛争とはもめ事をさし、家庭内の親子・夫婦喧嘩(げんか)から企業内の労働者と経営者間の争議、さらに国家間の戦争に至るまで、人間社会の広い範囲にわたってみられるものである。これを理論的に単純化していえば、およそ人間の行為には非紛争的なものと紛争的なものとがある。紛争行為とは、二つの人間あるいは人間集団が相いれない行為を遂行しようとすることから生まれる。すなわち、一方の利益が他方の損失となるような関係において生まれる。しかし、実際にはこの人間または人間集団の数が多かったり、求める利益の数量や性質が複雑であったりするのが普通である。
紛争のうち最大のものは国際紛争であり、国際紛争の性質やその解決について多くの研究がなされている。たとえば、紛争状況の種類に関する戦闘・ゲーム・論争という定式化などが有名である。すなわち、戦闘においては、敵は除去されるか服従させられるかあるいは縮小されるべきもので、宗教的・イデオロギー的な原則による紛争はこれに属する。ゲーム状況はゲームのルール内では、対立する者同士が協力しあうような紛争である。論争的状況とは、説得によって相手の合意を得ようとするような状況である。現実には紛争ははるかに複雑であり、紛争理論の学説も多様であるが、紛争解決のために学問の諸分野・諸流派の協力が望まれている。
[斉藤 孝]
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
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〔近・現代における戦争〕
【統計学にみる戦争の変化】
戦争は近代以降どのくらい起こっているだろうか。フランス戦争学研究所によれば,1740年(オーストリア継承戦争)から1979年(ソ連のアフガニスタン侵攻)までの間に377件の主要な武力紛争が起こっている。そのうち国家間の戦争は159件で42%であり,国家内部の戦争は218件で58%である。…
…争いの当事者双方が,争いの解決を第三者にゆだね,それに基づいてなされた第三者の判断が当事者を拘束することにより紛争の解決に至る制度。仲裁は当事者の合意により紛争が解決される調停,当事者の一方の申立てに基づき,国内のまたは国際的な裁判所が強制的に紛争を解決する訴訟とは異なる(国際法上の仲裁裁判については〈国際裁判〉の項参照)。…
…他方,アメリカの人類学者はおもにエスキモーやアメリカ・インディアン諸族の調査を基礎に研究を進めた。E.A.ホーベルは法学者K.ルーウェリンとシャイアン族の法習俗を共同研究し,紛争処理の法技術が高度に発達していることを指摘したが,その紛争事例研究法が第2次大戦以後の諸研究のモデルとなり,P.ボハナン,L.ポスピシルらの業績を生んだ。イギリス系の研究者も,M.グラックマンがこの方法によりアフリカのバローツェ族の権利・正義の観念および紛争処理手続の発達を明らかにしている。…
※「紛争」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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