改訂新版 世界大百科事典 「細胞分化」の意味・わかりやすい解説
細胞分化 (さいぼうぶんか)
cell differentiation
個体発生の過程で,特定の細胞群ごとに特定の遺伝情報が発現され,その結果としてある特殊な形態や機能(分化形質)が実現されること。大部分の植物細胞においては,カルスの例にみられるように,いったん分化形質を発現した細胞でも比較的容易に他の形質を表すようになる。しかし動物細胞では,分化した状態は普通きわめて安定に維持される。とはいえ動物細胞でも,分化形質の転換例がまったく知られていないわけではない。たとえばイモリなどの有尾両生類やニワトリの胚では,目の水晶体を摘出すると新しい水晶体が再生されるが,詳細な検討の末,この新しい水晶体は,完全に分化した虹彩の色素上皮細胞が,いったん色素上皮としての形質を失ったうえで,新たに水晶体細胞として分化するということが確認されている。
受精卵から受け継がれた遺伝情報は一般に不変に保たれ(ウマカイチュウなどの例外はあるが),発現に際しては,個々の細胞のおかれた状況に応じて特定の遺伝子が読みとられたり閉じられたりする(遺伝子の差時的発現)ということが,核移植実験によって明らかにされている(図)。つまり,カエルの成体から完全に分化した組織細胞の核だけを取り出し,核を除去した同じ種の未受精卵に移植してやると,卵は手術の刺激により発生を開始する。一方移植核は,すべてがつねにそうなるとは限らないが,特殊タンパク質の合成など,それまでに行っていた活動を直ちに停止し,盛んな分裂を開始するなど,受精卵本来の核と同じ行動をとるようになる。そしてこれらの卵は,やがて完全な成体にまで発生するのである。
細胞分化の現象には,細胞の死ということも含まれる。たとえば形成中のニワトリの肢(あし)(肢芽)では,ある時期になると決められた部位の細胞がいっせいに死ぬことによって,肢の分離などの形態形成に一役買っていることが知られている。生殖器官形成の際にも見られるこのように秩序だった大量の細胞の死も,あらかじめプログラムされた分化形質の一つであり,細胞分化の過程が形態形成の過程との緊密な関係のもとに進行するものであることをよく物語っている。
また,細胞分化を制御する物質として,血球幹細胞を赤血球へ分化させる糖タンパク質,エリトロポエチンや,多くの昆虫において,幼虫の体内で待機している成虫原基の分化を促す変態ホルモン,エクジソンなどが知られている。
→分化
執筆者:団 まりな
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報