翻訳|bacteria
バクテリアともいう。細菌という場合,一般的には真正細菌類を指しているが,分裂菌類を指す場合もある。分裂菌類には,真正細菌のほか,放線菌,粘液細菌,スピロヘータなども含まれている。
細菌(真正細菌類)は,原核細胞からなる単細胞生物である。その種類は1800近くが知られている。通常,生物の分類は形態的特徴に基づいて行われるが,細菌は単細胞生物でもあり形態的特徴に乏しいので,形態的特徴とともに生理的および生化学的特徴や,各種培地での培養上の特徴にも重点がおかれて種の分類がなされている。現在のところ,細菌の分類方法は統一のとれたものとはなっておらず,つぎつぎと新しい提案がなされている状況である。なお細菌の学名については,国際細菌分類命名委員会分類学小委員会の作業によって,《細菌学名承認リスト》が1980年に公表され,整理・統一がはかられてきている。
すべての細菌は光学顕微鏡で観察することが可能である。多くの場合,適当な色素によって細菌を染色してから顕微鏡観察が行われる。細菌はその外形の上から,球菌,杆菌,らせん菌に大別される。細菌のなかには,細胞分裂後に細菌どうしが離れずに,互いにくっつき合って配列するものがある。そのため,球菌では単球菌のほかに,双球菌,連鎖球菌,ブドウ球菌などの形状がみられ,杆菌では短杆菌や長杆菌のほかに,連鎖杆菌あるいはV字形やY字形などのように配列した形状のものなどがみられる。らせん菌は形がらせん状で,スピロヘータ類によく似ているがまったく異なるものである。スピロヘータ類は体が伸縮したり,軸のまわりに回転運動したりするが,らせん菌はそのようなことを行わず,運動は鞭毛によっている。
細菌菌体は一般に幅が0.2~1.0μmくらいである。細菌の細胞は原核細胞と呼ばれ,細胞内に膜で囲まれた核やミトコンドリア,葉緑体などをもっていない。細菌の細胞質は細胞膜で囲まれ,さらに細胞膜のまわりに細胞壁をもっている。細胞壁は厚くて剛性があり,細菌の形を一定に保つのに役だつとともに,細胞内の浸透圧を支えるものとして機能している。細胞壁の基本的な骨格をつくっているものはペプチドグリカン(糖とアミノ酸が多数結合した網状巨大分子)である。グラム陽性菌は,グラム陰性菌に比べて,より厚いペプチドグリカン層をもっている。
細胞壁の外側に鞭毛をもつ細菌もいる。このような細菌では鞭毛は運動器官となっている。鞭毛は菌体への着生部位の違いによって,極毛(端毛)あるいは周毛などと呼ばれる。極毛は菌体の一端にのみ存在している鞭毛であり,周毛は菌体の全表面に分布している鞭毛である。これらの鞭毛の生え方は細菌の種類によって決まっている。細胞壁の外側にさらに莢膜や粘質層をもつ細菌もいる。莢膜や粘質層のおもな成分は多糖であり,これらの構造物は細菌の防御的役割を果たしている。また,ある種の細菌では,胞子(芽胞)が形成される。胞子は,何層かの外皮を有する複雑な構造をもっていて,すべての危害に対して抵抗性・耐久性が高い。
菌体重量の70~85%は水分である。水分以外の重量のうちでは,おおよそタンパク質50%,細胞壁物質20%,脂質10%,RNA15%で,DNAが5%を占めている。
1884年にグラムC.Gramによって発見された細菌の染色方法をグラム染色と呼ぶ。この染色方法によって染まる細菌をグラム陽性菌,染まらない細菌をグラム陰性菌と呼ぶ。染色方法は,ハッカー変法によれば以下のとおりである。まずスライドグラス上に細菌を塗抹し薄層として風乾する。そのスライドグラスをバーナー火炎の中を3回通過させ,細菌を熱固定する。次にスライドグラスをクリスタルバイオレット溶液中に1分間浸漬する。余分の染色液をすばやく水洗し,さらにヨード溶液中に1分間浸漬する。再び水洗し,水分をろ(濾)紙でふきとり,95%アルコール溶液中に30秒間緩やかに動かしながら浸漬する。アルコールを乾かしてから,サフラニン溶液で10分間対比染色する。
グラム陽性菌は,アルコールによる脱色に抵抗してクリスタルバイオレットの紫色を保持するが,グラム陰性菌は,この色素を失うためサフラニンで染色されて桃色に見える。グラム染色の化学的な反応過程の詳細は,まだ十分に解明されてはいないが,グラム陽性菌と陰性菌との染色性の差異は,細菌表層の細胞壁の化学的な構造の違いを反映していることが知られている。グラム陰性菌では,細胞膜の外側の細胞表層に2~3nm程度のペプチドグリカンの薄い層があり,さらにその外側にリポ多糖を含む外膜をもっている。グラム陽性菌では,細胞壁は,20~80nmの厚いペプチドグリカン層からできているが,その外層にリポ多糖の外膜を欠くものが多い。グラム染色性は,色素とヨウ素複合体がペプチドグリカン層に捕捉されるためであると考えられている。
グラム染色により,細菌群をかなり明確に二大別できる。グラム陰性菌には,大腸菌,サルモネラ菌,赤痢菌など大多数の杆菌が含まれている。グラム陽性菌には,ブドウ球菌,連鎖球菌など大多数の球菌や多くの胞子形成杆菌などが含まれている。グラム染色性は,細菌が示す他の特徴と対応している場合が多くみられる。すなわち,グラム陽性菌はペニシリン,サルファ剤などに対する感受性が高く,グラム陰性菌はストレプトマイシンなどに対して感受性が高い。菌体の機械的な強度は,グラム陽性菌のほうが高い。
硫黄細菌,硝化細菌,鉄細菌などの細菌は,硫黄,窒素,鉄などの無機物の酸化によってエネルギーを得て,細胞内のすべての有機物を二酸化炭素を還元して合成している。このようなものを化学独立栄養菌(化学無機栄養菌,自力栄養菌)という。これに対して,有機物を栄養源とするものを化学従属栄養菌(化学有機栄養菌,他力栄養菌)と呼ぶ。大部分の細菌は化学従属栄養菌である。人間に病気を引き起こす病原菌はすべて化学従属栄養菌である。このほかに,光化学反応によってエネルギーを獲得する細菌がいるが,それらの細菌にも,二酸化炭素を還元固定する光独立栄養菌と,有機物を外部に依存する光従属栄養菌とがある。紅色硫黄細菌,緑色硫黄細菌などが光独立栄養菌であり,紅色非硫黄細菌,緑色非硫黄細菌などが光従属栄養菌である。これらの細菌の光合成は,緑色植物の光合成とは仕組みが異なっており,細菌の光合成では,簡単な無機物や有機物を脱水素すると同時に二酸化炭素の還元が行われる。したがって,酸素発生を伴わない。
大部分の細菌は,二分裂法による細胞分裂によって無性的に増殖する。そのため細菌は分裂菌とも呼ばれていた。しかし細菌には有性的な増殖をする場合もあることが知られている。
大多数の細菌は,人工培地によって培養することができる。細菌が新しい培地に移されると,周囲の培地から栄養分を吸収し,細胞内で核酸DNAの複製やタンパク質の合成,細胞壁の拡充などを行う。体積を増した細菌の細胞は,最終的には,隔壁が生じて2個の細胞になる。培養条件が整った場合,大腸菌など大多数の細菌の分裂の周期は20分であるが,細菌の増殖速度には,栄養分の有無のほか,酸素,温度,湿度,培地のpHや浸透圧などが関係する。
細菌は酸素に対する関係によって,酸素存在下のみで生育する(偏性)好気性菌,無酸素条件下のみで生育する(偏性)嫌気性菌,酸素の有無にかかわりなく生育できる通性嫌気性菌に分けられる。嫌気性菌は,エネルギーを発酵によって得,好気性菌は呼吸によって得ている。通性嫌気性菌は,酸素があれば呼吸を行い,酸素が遮断されると発酵を行う。また細菌は温度に対する関係によって分けることもできる。20℃以下でよく生育するものを低温菌,55℃以上で発育するものを好熱菌(高温菌,耐熱菌ともいう),その中間の温度で発育するものを中温菌と呼ぶ。75℃以上でも生育できるものは高度好熱菌と呼ばれる。動植物の病原菌はすべて中温菌である。多くの細菌にとって培地は中性ないしアルカリ性のほうが好適である。酸性では通常,細菌は発育できない。
動植物に病気を引き起こす細菌を病原菌(病原細菌)と呼ぶ。動植物の体内に侵入した細菌が増殖をして,一定の細菌数に達すると,初めて病気が引き起こされる。発病の際,細菌に由来する物質が強い障害作用をもっているときには,この物質を細菌毒素と呼んでいる。細菌のなかには,破傷風菌,ジフテリア菌,ボツリヌス菌のように,人間に対してきわめて強力なタンパク質性の細菌毒素を分泌するものがいる。人間の体は,これらの細菌の侵入に対する防御の仕組みをもっており,それが免疫の仕組みである。細菌や細菌毒素が抗原となることによって,体内に抗体がつくられる。ある病原菌に対する特異的な抗体は,予防接種によってつくり出すことができる。発病に至るまでには,このような免疫の仕組みだけでなく,生体側の健康状態や栄養状態なども関係しており,病原菌が侵入すれば必ず発病するというものではない。発病に至るまでには,細菌の側の病気を起こす力の強さと生体側の全般的な抵抗力との力関係が問題となる。人間の病原菌として知られている細菌は50種類くらいであり,植物の病原菌としては250種類近くが知られている。
細菌は,病原菌として人間に病気を引き起こすだけでなくて,人間社会の中でさまざまな方面で役だっている。生態系の中の細菌は物質循環に重要な寄与をしている。乳酸菌やプロピオン酸菌は食品の製造に役だち,有機酸や抗生物質の工業的な生産にも細菌が用いられている。最近では,細菌を広範な工業に用いようとする研究・開発が盛んに行われていて,この研究分野はバイオテクノロジー(生物工学)と呼ばれている。
執筆者:川口 啓明
微生物が動物の体内へ侵入し,ある部位に定着化し増殖するまでの過程を感染と呼び,さらに動物が生理的,形態学的に異常な状態を示せば,これを発病という。この場合,侵入した病原が細菌であると細菌病として取り扱う。しかし大腸菌や病原性のない腸内細菌は,ほとんどの健康動物に正常細菌叢として定着しているが,宿主の生理的防御機構に支障が起こると,定着部以外に侵入し,増殖して病気を起こすことがある。生体に寄生して病気の原因となる細菌を病原菌というが,家畜に対する病原菌による細菌病は少なくない。そのおもなものを原因菌とともに表に示す。
執筆者:本好 茂一
1878年にブリルT.J.Burrillがナシ火傷(やけど)病の病原が細菌であることを解明して以来,植物の細菌病は数多く見いだされている。植物病原細菌はAgrobacterium,Erwinia,Xanthomonas,Pseudomonas,Corynebacteriumのいずれかに属し,その大部分は長さ数μm,太さ1μm弱の杆菌で,Corynebacteriumだけがグラム陽性,無鞭毛である。病原細菌は土壌中,植物残渣(ざんさ),雑草の根圏などで生存して第1次伝染源となり,風雨,灌漑水,種苗,剪定(せんてい)や摘心などの農作業で広がる。植物体へは気孔,水孔,皮目などの自然開口部や傷口からだけ侵入する。侵入細菌は細胞間隙(かんげき)で増殖し,各種の酵素や毒素を分泌して植物の細胞や組織を変性させて病気を起こす。細菌病の病徴は植物と細菌の種類によってさまざまである。柔組織が侵されると,葉に斑点のできるキュウリ斑点細菌病,実があばたになるかんきつ潰瘍病,若い枝の枯れるリンゴ火傷病,葉が溶けたように腐敗する野菜類の軟腐病などが起きる。道管内で細菌が増殖すると道管が詰まり水分の通道が不良となって,トマト青枯病,イネ白葉枯病などのように地上部のしおれ,枯死が起きる。植物の細胞が異常肥大・増生するものには根頭癌腫病などがある。防除には優れた薬剤がないため,伝染源の除去,土壌消毒,種苗消毒,抵抗性品種の利用,輪作などとともに発生予察を的確に行うことがたいせつである。
執筆者:夏秋 知英
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出典 母子衛生研究会「赤ちゃん&子育てインフォ」指導/妊娠編:中林正雄(母子愛育会総合母子保健センター所長)、子育て編:渡辺博(帝京大学医学部附属溝口病院小児科科長)妊娠・子育て用語辞典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…新鮮な植物の葉をもんで傷口に貼ったり,1種類あるいは数種類の生薬を煎じて服用したりした時代とは異なり,化学的な成分の分析,有効成分の検索により,新しい薬用植物,用途が開発されつつある。
[薬用植物とその利用形態]
薬用植物は下等植物から高等植物まで,小は細菌から大は樹木まで幅広くみられる。抗生物質の多くは土中の細菌類から単離されるため,細菌も薬用植物に含めるようになった。…
※「細菌」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
宇宙事業会社スペースワンが開発した小型ロケット。固体燃料の3段式で、宇宙航空研究開発機構(JAXA)が開発を進めるイプシロンSよりもさらに小さい。スペースワンは契約から打ち上げまでの期間で世界最短を...
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