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蜂須賀正勝【はちすか・まさかつ】

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  • 朝日日本歴史人物事典の解説

  • 生年: 大永6 (1526)
    没年: 天正14.5.22 (1586.7.8)
    戦国安土桃山時代武将尾張国海東郡蜂須賀村(愛知県美和町)の土豪蜂須賀正利の子。通称の小六の名で親しまれている。彦右衛門尉とも称した。濃尾国境付近の土豪として蜂須賀党を率い,たびたび主君代え,はじめは美濃の斎藤道三に仕え,次いで尾張岩倉城の織田信賢,犬山城の織田信清に属したこともあったが,最終的には織田信長に従うことになった。信長に属すきっかけとなったのが豊臣秀吉の働きかけで,やがて秀吉の直臣となった。『絵本太閤記』その他の江戸時代の俗書に正勝を野伏棟梁のごとく描いているが,それは誤り。秀吉に仕えてのち,永禄10(1567)年の稲葉山城攻め,元亀1(1570)年の越前金崎城よりの撤退に際して,殿軍をつとめた秀吉軍のなかでも特に奮戦し,同年6月の姉川の戦ののち,秀吉が小谷城の付け城である近江横山城をまかされると,その在番となった。天正1(1573)年,浅井氏の滅亡後,秀吉から近江長浜の内において所領を与えられている。以後,各地の一向一揆との戦いに参陣し,同5年からはじまる秀吉の本格的な播磨攻略に従い,三木城の別所長治を滅ぼしたあと,その功によって播磨竜野城主となった。同10年の備中高松城攻めのときには水攻めのための築堤奉行となり,また黒田孝高と共に開城説得に当たった。同13年の四国攻め後,阿波一国を与えられたが辞し,子家政拝領した。
    (小和田哲男)

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  • 世界大百科事典 第2版の解説

  • はちすかまさかつ【蜂須賀正勝】
     
    1526‐86(大永6‐天正14)
    戦国期の武将。小六,彦右衛門尉と称する。尾張蜂須賀村(現,愛知県海部郡美和町)の土豪の子として出生。はじめ斎藤道三に仕え,のち岩倉城主織田信賢に従い,転じて犬山城主織田信清に属した。墨俣築塁のとき木下(豊臣)秀吉に付属したと伝える。1573年(天正1)秀吉から近江長浜で所領を与えられ,81年播磨竜野城主となる。秀吉の謀臣として山崎の戦,賤ヶ岳の戦,小牧・長久手の戦,四国征伐に従軍し,毛利氏との講和条件による領地境界決定活躍した。・・・

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  • デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

  • 蜂須賀正勝 はちすか-まさかつ
     
    1526-1586 戦国-織豊時代の武将。
    大永(たいえい)6年生まれ。尾張(おわり)(愛知県)海東郡の土豪蜂須賀正利の子。斎藤道三,織田信長につかえ,のち羽柴(豊臣)秀吉にしたがって戦功をたて播磨(はりま)竜野城主となる。天正(てんしょう)13年秀吉の四国攻めの際の軍功により阿波(あわ)一国をあたえられたが,長男家政にゆずった。天正14年5月22日死去。61歳。通称は小六,のち彦右衛門尉。
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    (C)Kodansha 2009.
    書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。収録人物のデータは2009年1月20日現在のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

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  • デジタル大辞泉の解説

  • はちすか‐まさかつ 【蜂須賀正勝】
     
    [1526~1586]安土桃山時代の武将。尾張の人。幼名小六豊臣秀吉に従って数々の戦功を挙げた。徳島城主蜂須賀家の祖。
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    監修:松村明
    編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
    編集協力:曽根脩
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  • 大辞林 第三版の解説

  • はちすかまさかつ【蜂須賀正勝】
     
    (1526~1586) 安土桃山時代の武将。尾張の土豪。幼名,小六。のち彦右衛門尉。豊臣秀吉の臣。美濃墨俣(すのまた)城の築塁,越前・近江征討,中国・四国攻略などで戦功を重ねた。

  • (C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

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  • 百科事典マイペディアの解説

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