日本大百科全書(ニッポニカ) 「表現型模写」の意味・わかりやすい解説
表現型模写
ひょうげんがたもしゃ
phenocopy
生物が外部からの環境要因の影響によって、遺伝子には突然変異のような変化をおこさずに、突然変異と同じような表現型を現すこと。したがって、このような表現型模写の形質は子孫に遺伝しない。R・B・ゴルトシュミットによって名づけられた(1935)。
ショウジョウバエでは、幼虫から35~37℃の高温で6~24時間飼育すると、それから羽化した成虫に遺伝的に異なる突然変異とよく似た形質をもつものが現れる。とくに、翅(はね)や複眼の異常が多く、体色や肢(あし)の異常などもある。そのほか、低温処理や放射線の照射などによっても表現型模写の例が知られている。ショウジョウバエの複眼は、野生型(正常型)では、雌では約780個、雄では約740個の小眼からできているが、幼虫を低温飼育すると、小眼数が増加して大きな複眼に、高温で飼育すると小眼数が減少して小さな複眼になる。また痕跡翅(こんせきし)vestigialという、翅が痕跡的に短くなる突然変異では、幼虫の飼育温度が高くなると翅の長さが長くなって正常型に近くなる。このような環境要因によって変化した表現型は、遺伝子の発現のみが変化したもので、遺伝子自体には変化がなく、次世代ではもとの表現型に戻る。
表現型模写は、ヒトでも母体の生理的異常やウイルス感染、原生動物の寄生、薬剤、放射線などによって、種々の形態異常として現れることもあるが、実験動物や昆虫を使って人為的に突然変異とよく似た表現型模写をつくり、発生過程において遺伝子がいつどのように作用を現すかを調べるのにも役だっている。
[黒田行昭]
『田中義麿著『基礎遺伝学』(1951・裳華房)』▽『駒井卓著『人類の遺伝学』(1966・培風館)』▽『クレメント・ローレンス・マーカート、H・ウルスプルング著、吉川秀男監訳、石井一宏訳『発生遺伝学』(1975・共立出版)』▽『E・H・デビッドソン著、塩川光一郎他訳『初期胚における遺伝子の発動と制御』(1980・理工学社)』