朝日日本歴史人物事典 「西村伊三郎」の解説
西村伊三郎
生年:明治4(1871)
明治大正期の京都伏見の侠客。通称は砂子川。日露戦争で伏見の第9連隊から弾薬運搬の軍夫を集めることを要望され,子分50人を率いる軍夫長として旅順攻撃に参加した。その功績で,師団長の中山信儀中将から陸軍の山形胸章を一家の代紋とすることを許された。大正8(1919)年,無産政党や多発する労働争議に対抗するため,原敬内閣の内務大臣床次竹二郎の意を受け,東西の博徒の親分に呼びかけて大日本国粋会を結成した。関東からは梅津勘兵衛らが参加したが,会長人事のもつれなどから同11年関東国粋会が独立し,組織は分裂した。
(正延哲士)
出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報