一般に,比較的長い物語に特別な口調,抑揚,曲節などをつけて,口頭で語るものをさす。日本の伝統芸能を分類する場合に用いられる語で,〈歌い物(うたいもの)〉に対する語。また,文芸,口承文芸,伝統音楽の一種類をさして,〈語り物〉と呼ぶ場合がある。
語り物の源流は必ずしも明らかではないが,古代の語り部は口承によって国々・家々の由来・系譜など神話的な物語を語り伝えていたらしく,その伝承を素材として編集し書きとめたのが《古事記》《日本書紀》だと考えられている。これらの祭式に関係して伝承された神話的な物語とは別に,昔話や世間話のような民間説話も口承によって語り伝えていたらしく,それらの語りを素材としたのが《風土記》だとも考えられる。平安時代になると《大鏡》に登場する世継翁(よつぎのおきな)のように,歴史的な物語を語り伝える老翁も現れていたらしく,《今昔物語集》や《宇治拾遺物語》の原説話を語り伝えた者もいたらしい。また,古代の語り部に系統をひくと思われる民間の漂泊伶人も活躍していたらしく,彼らは特殊な呪術宗教者であったが,その呪術宗教とかかわりながら,死者の鎮魂などのために合戦の様子などを語り,また,祝福芸などをも行ったらしい。このことは《将門記(しようもんき)/(まさかどき)》の末尾に将門の冥界での消息を伝える記述があることや,《新猿楽記》に〈琵琶法師之物語〉が〈千秋万歳之酒禱(さかほかい)〉と対記されていることなどからうかがわれる。一方,平安時代の末ころから,寺院では唱導が行われ,説経師による説経・講説などが盛んとなった。こういった動きを背景にして,鎌倉時代に入って成立するのが〈語り物〉の代表のように考えられている《平家物語》である。
《平家物語》の成立事情は不明な点が多く,また多くの異本も存在するが,いわゆる語り物系の《平家物語》は,《徒然草》226段の記事から推測されるように,寺院に関係の深い下流貴族が物語を作り,琵琶法師に語らせたらしい。これからすると,《平家物語》は琵琶法師の演唱のために書かれた作品であり,琵琶法師はこれに作曲し,琵琶の伴奏で音楽的に演唱したことになる。ここに文学と音楽との新しい関係が始まる。音楽としての《平家物語》は江戸時代になると平曲と呼ばれるが,これは語る部分である〈語り句〉と歌う部分である〈引き句〉に大別される。そこで,狭義にはこの語り句の部分を語り物といい,広義にはその内容が叙事的で口頭で演唱されるという意味で,《平家物語》の全体を語り物という文学や音楽の種類に分類する。また,上記の漂泊伶人に系統をひく田舎わたらいの法師の伝承も《平家物語》に素材を提供していると考えられ,例えば,俊寛の鬼界ヶ島での悲愴な最期も,もとは有王(ありおう)と称する祖霊の執着を語り歩く法師たちの伝承であったとされている。《平家物語》はこういった漂泊する法師,巫女などの伝承した口承文芸を素材としているという意味で語り物の種類に分類されることがある。盲御前(めくらごぜ)(瞽女)によって語られたと考えられる《曾我物語》,東北の盲法師ボサマのような人々によって語られた各地の伝説を集大成したと考えられる《義経記》,あるいは《無明法性合戦状》《保元物語》《平治物語》《明徳記》なども民間の語り部のような人物によって語られたと考えられるところから,語り物に分類されることがあり,談義僧などによって語られた《太平記》なども時には語り物とされることがある。
こういった中から室町時代の中ごろから唱門師の芸能として曲舞(くせまい)があらわれ,この曲舞の徒を舞々(まいまい)ともいうが,その一派の幸若舞(こうわかまい)は,しだいに娯楽的・芸能的要素を強め,広く庶民大衆に迎えられ,武将たちにも愛好されるようになった。また,室町末期になって漂泊伶人以来の呪術宗教色を濃厚にとどめたのは説経節(せつきようぶし)であり,大道芸として行われて〈門説経〉とも呼ばれた。近世に入ると,説経節も小屋掛けで行われ,人形操りと提携するようになる。近世の語り物は都市文化の中で独特の発展を遂げ,いわゆる邦楽の主流を形成した。それらの中には河東節,一中節,古浄瑠璃,義太夫節,常磐津節,富本節,清元節などがあって,これは浄瑠璃という語で総称されている。中でも,義太夫節は人形と提携して人形浄瑠璃として発展した。成立時期の遅い浪花節,筑前琵琶なども語り物といえるが,中世以来の宗教性を色濃くとどめているものに,近年まで伝承されている地方の民間の語り物がある。巫女の語りとしては壱岐のイチジョウによって語られる百合若(ゆりわか)説経,東北のイタコのオシラ祭文などがあり,本来山伏の語り物であったと考えられる歌祭文,説経祭文,デロレン祭文などがある。また羽黒山伏の祭文の中には黒百合姫の物語のようなものもあり,東北地方では御国浄瑠璃なども語られ,九州地方には地神盲僧の語る肥後琵琶,薩摩琵琶などもある。
→語り →口承文芸
執筆者:山本 吉左右
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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謡物に対して,語ってきかせることを主眼とする音楽・芸能の種目。その詞章を記した本は,文学では口承文芸の分野に入る。叙事的な物語を楽器の伴奏で語ることが多く,舞を伴うものもある。起源は古代の語部(かたりべ)までさかのぼるが,中世には琵琶の伴奏で「平家物語」を語る平曲(へいきょく)をはじめ,鼓を用いる曲舞(くせまい)・盲御前(めくらごぜ)の語り,曲舞の一派である幸若舞(こうわかまい)などが広く行われた。近世には簓(ささら)説経や祭文(さいもん)語りなど,中世からの系譜のものが三味線と結びついて説経節・浄瑠璃・歌祭文などに発展し,さらに邦楽の多くの種別をうんだ。浪花節・講談も語り物に含まれる。
出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」山川 日本史小辞典 改訂新版について 情報
出典 旺文社日本史事典 三訂版旺文社日本史事典 三訂版について 情報
…カタリも首尾があり方式はあるものの,比較的自由な物言いであったが,カタリが《平家物語》のように音楽性を強めると,元来のカタリのような自由な物言いをいう語としてハナスが新しく作られたものらしい。語り物口承文芸【山本 吉左右】
[日本音楽における語り]
日本の声楽において,叙事的な詞章が特定の音楽様式によって表現される楽曲部分,あるいはその様式を〈語り〉という。なお,平曲や浄瑠璃などでは,上記の語りの部分に限らず,演唱することを語るという。…
…今日では,歌詞と音楽という二分法が一般的であるが,時代や文化によっては,この両者が未分化のままで,歌謡が生みだされることも多いため,文学研究では,この語を拡大して使うこともある。また,日本音楽についての〈歌い物〉と〈語り物〉という現行の二分法からみれば,歌謡は歌い物と重なる面が広いが,定義によっては,語り物の中に多くの歌謡を見いだすことも可能である。したがって,歌謡という現代の表現は,日本音楽については,記紀や《風土記》に始まる古代の歌から,他の古代や中世の歌謡,近世の歌謡,あるいは,仏教歌謡や民謡,そして明治以降の唱歌,軍歌,歌謡曲などを網羅するものと考えられる。…
…風の実態や伝承上の問題についてはさまざまな考え方があり,かつ不明な点が多い。
[音楽的な特色]
系譜からいえば語り物の流れをくみ,形態上は人形の舞台と提携した劇音楽となっている。登場人物の行動,心理,状況の説明などを述べるところに語りの性格が,登場人物のせりふを人形に代わって述べるところに劇としての性格がつよく表れている。…
…(f)はやはり中世に成立し,(e)とは逆に詞章の各音節は謡曲や平曲,浄瑠璃などと同様に原則的には長く引きのばされない。このような様式の音楽を一般に〈語り物〉といい,(f)の声明類は日本の語り物音楽の先駆とされる。これに対して(f)以外の声明類の大部分は,〈歌い物〉として区別されることもある。…
…中国の宋・金・元代(10~14世紀)に流行した語り物の形式。韻文による歌と散文の叙述とを交互にくりかえして,長編の物語を語った。…
※「語り物」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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