護持村(読み)ごじむら

日本歴史地名大系 「護持村」の解説

護持村
ごじむら

[現在地名]夢前町護持

古瀬畑こせばた村の西、菅生すごう川の中流域右岸に位置する。西は宍粟郡三坂みさか(現安富町)。慶長国絵図に「五地村」とみえる。鍋倉なべくら村・護持寺ごじでら村とも称した(「本誓寺縁起」夢前町史)正保郷帳では田方二三七石余・畑方四五石余。宝永年間(一七〇四―一一)の前之庄組高反別帳写(清瀬家文書)では高三五二石余、反別は田方一九町三反余・畑方一一町五反余、免六ツ一分、家数六七・人数四三八。天保郷帳では高三九九石余。寛政六年(一七九四)の姫路藩財務覚書(熊谷家文書)では一二石余が大豆納となっている。安永七年(一七七八)宍粟郡境の当村大谷おおたに山刈畑の入会をめぐり護持・野畑のばたけ戸倉とくら三村三坂村との間で山境争論が起き、その後も争論は続いた(清瀬家文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

今日のキーワード

発見学習

発見という行為の習得を目指す学習。または,発見という行為を通じて学習内容を習得することを目指す学習。発見学習への着想は多くの教育理論に認められるが,一般には,ジェローム・S.ブルーナーが『教育の過程』...

発見学習の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android