デジタル大辞泉 「運命」の意味・読み・例文・類語
うん‐めい【運命】
2 将来の成り行き。今後どのようになるかということ。「国家の
[補説]作品名別項。→運命
[類語](1)天命・天運・宿命・宿運・命数・暦数・命運・因縁・定め・
( 1 )漢籍にある「運命」は、「めぐりあわせ」「うまれつき」「天命」などの意味を持つが、日本では、挙例の「中右記‐寛治七年一二月四日」にある「寿命」の意の用法のように、独自の意味変化も見られる。
( 2 )「平家物語」では「運命ひらく」「運命かたぶく」など、「幸運」の意の用法が優勢である。
( 3 )西洋からもたらされた運命論と結び付き、現代では、「宿命」か「行く末」の意味で用いられる。
一般に,人間に与えられた逃れることのできないさだめを意味する語。宿命とほぼ同義。ラテン語の運命は〈ファトゥムfatum〉だが,そのもとの意味は〈言われたこと〉であり,運命という考えは予言や言葉の魔力に対する信仰に裏づけられて発生したらしい。例えば誕生をつかさどる女神は生まれた子どもの〈未来に〉ついて発言し,その未来を〈定める〉のであった。だが,なんといっても運命の観念を発展させ,展開したのはギリシア人たちであった。ギリシア語では運命は〈モイラmoira〉と呼ばれたが,その古い意味はおのおのに〈割り当てられた分けまえ,持ち分〉である。ちなみにこの語と関係のある動詞〈メイレスタイmeiresthai〉は〈分かちもつ,割り当てられる〉を意味する。例えばホメロスでは,全宇宙の配分のときに抽籤によって天空と海原と地下の国は,それぞれゼウスとポセイドンとハデスに割り当てられ,それぞれの神に特有のモイラ(持ち分)となった。こうしたモイラにもとづいて神々3者は同等の権能をもつことになったが,もしその権能をそれぞれのモイラを越えて駆使することがあれば,それは越権行為である。神々もおのおのに固有の領分,すなわちモイラの中に身を保持しなければならなかったのである(《イーリアス》)。
モイラにつきまとうこうした倫理的義務のニュアンスは,モイラが逃れることのできない人の〈さだめ〉,つまり運命を意味するようになってからも完全にぬぐい去られなかったようである。さだめとしてのモイラは絶対的意味での不可避性を意味しなかったと思われるのである。例えばヘロドトスによると,クーデタによって成立したリュディア王朝は第5代のクロイソス王の時代に先祖の罪を償い,没落するさだめになっていた。だがデルフォイの神殿に多額の寄進をしたこの王の敬虔な志を認めたためか,アポロンはリュディアの都サルディスの陥落を既定の時期よりも3年間延期した。しかも殺されるはずであった王は命を救われ,ペルシア王に仕える賢臣となった。すなわち,〈さだめられしモイラ(運命)なれば,神とても逃るるあたわず〉というのがたてまえではあったが,アポロンはクロイソスの運命を大幅に緩和したのであった(《歴史》)。このようにギリシア人の運命についての考えは,現代人から見ればあいまいだということになるだろうが,モイラの類似語で〈必然〉と訳されるギリシア語の〈クレオンchreōn〉や〈アナンケanankē〉の場合も事情は同じであって,〈ソクラテス以前の哲学者たち〉の用例を見ると,これらの語は絶対的必然性absolute necessityではなくて一定のきまり,規準を意味している。したがって,しいて必然という訳を与えるにしても,それはあいまいな意味での必然と見なすべきである。ある現代の学者の説によれば,〈クレオン〉にはドイツ語のsollen(べきである),brauchbar sein(必要である)という意味が含まれているのである。ところで,あいまいさの問題はまだある。モイラは早くもヘシオドスにおいて複数の女神(モイライMoirai)として神格化され,それぞれクロトKlōthō(紡ぐ者),ラケシスLachesis(籤の配置者),アトロポスAtropos(曲げることのできぬ者,動かしがたい者)と呼ばれているが,問題は運命,あるいは運命の女神たちと神々との関係,とくに主神ゼウスとの関係である。ゼウスもときには運命の力に従わざるをえないようにも見えるが,ヘシオドスやピンダロス,悲劇詩人アイスキュロスなどは運命の女神たちとゼウスとの同盟を歌った。そしてこうした傾向の中から運命の女神たちと〈運命の女神たちの指導者Moiragetēs〉としてのゼウスをともにあがめる祭式が前5世紀に発生した。
運命は前4世紀以後になると主として〈へイマルメネheimarmenē〉(hē heimarmenē moira,さだめられた運命の意)という語によって表現されるようになり,同時に決定論的な色彩を強めた。それは必然的な原因の連鎖と見なされるようになった。個人の全生涯も,世界全体のなりゆきも,この鉄のような必然の鎖から脱れられないようにさだめられていると人々は考えたが,この考えを代表したのはストア学派の哲学者たちであった。彼らの手によって初めて運命にまつわりついていたあいまいさが一掃されたとも,ある意味では言えるかもしれない。だが,にもかかわらず彼らはこの非人間的な,非情な運命を積極的に甘受し,それに自発的に耐え抜こうとした。そして,そこに人間の自主独立を,すなわち自由を見いだそうとした。ストアの徒ほど自由を強調した哲学者はギリシアには見当たらないのである。現代人はこうした運命と自由との両立は不可解だろうが,われわれとしては,この両立の場面にモイラの最初からのあいまいさ,あるいはそのもともとの倫理的意味の痕跡を認めるべきだろう。ギリシア研究者としてのニーチェはギリシア悲劇やヘラクレイトスの哲学により強く触発されたのだろうが,その〈運命愛(アモル・ファティamor fati)〉の思想にはストアの思想と同じ型が見いだされるのではあるまいか。
→偶然 →決定論
執筆者:斎藤 忍随
幸田露伴の歴史小説。1919年(大正8)《改造》に発表。中国の明朝2代皇帝の建文帝が,叔父の燕王に攻められて都を捨て,燕王が3代永楽帝となる政変劇の経緯を,史書にもとづいて精細にあとづけた歴史小説。作者が過去の資料を任意に取捨し,過去の人物に思いつきのせりふをしゃべらせるのが歴史小説の常道だとすれば,これはその客観的な叙述においていわゆる小説らしい趣向をほとんど欠いている。しかし歴史の虚実に対する作者の包括的でしかも透徹した認識が,雄大な漢文脈の行文を通じて一貫して輝き続けており,その輝きはなまじいな歴史書や小説のとうてい及びがたいほどに強烈な文学的感銘を与える。露伴の博識と精神力との結合が生みだした,もっとも緊張度の高い作である。
執筆者:川村 二郎
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
人知、人力を超えた吉凶の巡り合わせ。人生に重大な影響を及ぼす個別的な事柄について、当人にとっては偶然的なものとして現れるが、事柄そのものとしては必然的であるとみなされる原因。ギリシア語のモイラmoira(運命)は、もともと「肉の分け前」というような「分け前」であった。たとえば、だれかが死んだ場合、死なねばならぬ何かがあったはずであり、それがモイラである。アラビア語、現代ギリシア語では「死」と「運命」は同じことばである。罪に対してかならず罰があるという因果の鎖は、神々でさえ破ることのできないモイラであった。それゆえ「運命の女神たちは、人に耐え忍ぶ心をお与えなさる」(ホメロス)。モイラは、主として当事者の外側に隠れていて、知らずして犯した罪にも、応報をもたらす。ここに運命の不条理と悲劇性が成り立つ。
他方、ふと心に浮かぶ考えを、「ダイモーンが私の心に吹き込んだ」(『イリアス』)といい、自己でない(悪)霊の働きに帰する。心的偶然が、不可視の必然に帰せられる。ダイモーンは、特定の人の心に入り込んで、その人生を決する運命である。「性格こそ人にとって運命である」(ヘラクレイトス)とは、ダイモーンが人の心の内に宿る宿命であることを表す。
運命はたとえ不条理であっても、偶然に直面して茫然(ぼうぜん)とする人間に、不可視の必然、自分を超えた理法からその偶然をとらえるように呼びかける。それにこたえるとき、人は自己の個別性、偶然性から大いなる理法へと「浄化」される。
「天の命ずるを性という」(中庸)、「君子は道を行いて命を待つのみ」(孟子)のように天命を知ることが、使命を引き受けることに通ずる。マックス・ウェーバーの「職業(Beruf、神の呼びかけ)」にも運命を知るという要素がある。運命を知るという思想をつきつめると「運命への愛」に至り、そこに自由と必然が和解される。「人間における偉大さを表す私の公式は、運命愛、つまり、未来へも、過去へも、なにものも他のようにとは意欲しないことである」(ニーチェ)。
古来、(1)生起する事柄は時間的に先行する原因をもつ、(2)真理(たとえば「ソクラテスは刑死する」)は時間によって変わらない(ゆえに、ソクラテスが刑死する以前から真である)という理由で、(3)生起する事柄は人間の行為を含めて、必然に支配されているという観念(決定論)が語られてきた(デモクリトス、ヘラクレイトス)。また、占星術の理論的根拠も論及された。ニュートン力学の成立とともに決定論は科学的決定論(スピノザ、ラプラス)となった。
[加藤尚武]
『プルタルコス著、戸塚七郎訳「運命論」(『世界人生論全集2』所収・1963・筑摩書房)』▽『キケロ著、水野有庸訳「宿命について」(『世界の名著13 キケロ/エピクテトス/マルクス・アウレリウス』所収・1968・中央公論社)』▽『ドッズ著、岩田靖夫・水野一訳『ギリシア人と非理性』(1972・白水社)』
幸田露伴(こうだろはん)の史伝。1919年(大正8)『改造』に発表。中国の『明史(みんし)』に取材し、小説的虚構を排して建文(けんぶん)・永楽(えいらく)2帝の生涯を描く。建文帝は太祖(たいそ)の遺命で即位したが、野心家の永楽帝に武力によって帝位を追われ、出家して天寿を全うする。他方、永楽帝は国内の治安が乱れて一身の安きこともなく、果ては非業(ひごう)の死を遂げる。露伴は明暗の鮮やかな両者の生を対照して、幸・不幸の未来を人知で測るのは不可能で、すべては世の転変を支配する「数」=天命の計らいにあるという固有の運命観・世界観を展開する。事実の厚みと、格調の高い漢文脈の文体とが相まって、個我を超えた時間の永遠性を彷彿(ほうふつ)する傑作。
[三好行雄]
『福本雅一注解「運命」(『日本近代文学大系6 幸田露伴集』所収・1974・角川書店)』
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… ベートーベンの9曲(1800‐24)はいずれもそれぞれに特有の問題意識をはらんでいる。スケルツォを導入した《第2番》(1802),特に展開部やコーダにおける形式的規模の飛躍的拡大,多種多様な動機による展開労作と変奏技法,そして雄大な構想,これらが曲に記念碑的な風格を与えている第3番《英雄》(1804),冒頭動機による全楽章の統一,楽章間の有機的な連係と頂点を終楽章に置いた設計,本来教会や劇場専用の楽器であったトロンボーンの導入等々,革新的な要素の多い第5番《運命》(1808),あるいは標題性をはらんだ全5楽章(3~5は連続)の第6番《田園》(1808),そして終楽章で独唱と合唱を登場させて時代の精神的理想をうたいあげ,さらに打楽器群を効果的に使用した《第9番(合唱付)》(1824)など,革命期の新しい市民層の意識を背景とした作品群がある。特に絶対音楽的性格と標題音楽的性格,単一動機による全曲の統一,新しい楽器と声部の導入などは,以後の交響的作品に決定的な影響を及ぼした。…
…ソナタ形式の展開部が提示部の長さを上回る規模になるのも《英雄交響曲》からであるし,楽器編成上でもホルンを3管に増強したり,チェロとコントラバス声部を独立・分離させるという改革も行ったのである。彼の追求する音楽が必然的に要求する編成の拡大は《第5番・運命》作品67(1808)に至って前例のないトロンボーン3管の導入をみることになる。この曲ではさらにピッコロやコントラ・ファゴットも使用され始めるのであるが,こうした彼の交響曲における編成上の最大の革新が晩年の《第九交響曲・合唱付》作品125であることはよく知られたことである。…
…大規模な管弦楽のしかも組物のレコード(H.フィンク指揮,ロンドン・パレス・オーケストラによるチャイコフスキーの《くるみ割り人形》,オデオン盤)は09年に初めて出された。最初の交響曲録音(指揮者不明のオデオン弦楽オーケストラによるベートーベンの《運命》と《田園》,オデオン盤)は13年であった。一方,ヨーロッパではオペレッタ中のヒット曲が,アメリカではダンス音楽が大流行して,ポピュラー音楽の分野が大きく伸び,蓄音機とレコードも大衆化した。…
…つまり,ある偶発的な出遇いがその系列によって内面化され,その系列の新たな展開の出発点となり,いわば必然に転じられるようなとき,特にそれが偶然として意識されるのである。偶然とは〈運命の先駆形態〉(W.vonショルツ)であるとか,運命とは〈内的に同化された偶然〉(ヤスパース)であるといったふうに,しばしば偶然が運命の意識と結びつけて論じられるのもそのゆえである。しかも,偶然の出遇いを内的に同化し運命に転じるには,その当事者が他に開かれた自由な存在でなければならない。…
…運命をいう。原義は天の神の命令という意味であったが,天の命令は人力ではいかんともしがたいものであるところから,人間の外にあって,人間のあり方を規定する力を意味するようになった。…
…また中国でも,黄道を月の毎月の旅から二十八宿に区分し,全天の星をそれぞれに付属させて,皇帝,后妃(こうき)を初め多く宮廷関係の名をつけた。こうして五惑星がめぐっていく星座,星宿を観察し,またその通路にあたらぬ部分でもそこの星々の光,またたきなどを見て,国家,国君および個人の運命をも占った。西洋の天文学はやがて占星術を母胎として生まれたが,中国では久しく迷信から脱しきれず,日本へもこれが陰陽道として伝わり,天文学の発達を妨げた。…
…ギリシア神話の運命の女神。その名は〈割当て〉の意で,一般に3人の老女神とされ,複数形はモイライMoirai。…
※「運命」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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