代表的な脂肪酸の一つ。エタン酸ethanoic acidともいう。名称はラテン語の酸っぱいを意味するacerから派生したacetum(酢)、acidus(酸っぱい)に由来する。
食用酢の中に3~5%含まれており、食用酢の酸味は酢酸によっている。アルコール飲料を放置すると発酵により酢酸が生ずるので、古くからその存在が知られていた。遊離の酸およびエステルの形で広く自然界に分布し、エステルには、果実の芳香の成分となっているものが多い。また、生体中では、糖、アミノ酸、脂肪などの代謝によって生成し、さらにアデノシン三リン酸(ATP)や、補酵素Aと反応して、アセチルリン酸やアセチル補酵素Aとなり、クエン酸回路(TCA回路)に加わったり、他のアミンのアセチル化に使われたりして、生体中での物質代謝の重要な一員となっている。
[廣田 穰・末沢裕子]
酢酸発酵による方法や、木材の乾留によって得られる木酢(もくさく)から得る方法が古くから行われているが、石油化学が盛んになったのに伴い、一時はアセトアルデヒドを酸化して製造する合成法が主流になった。現在では、C1化学(シーワンかがく)(炭素数1の化合物を原料とした合成法の技術)の代表的なプロセスであるモンサントMonsanto法およびその改良法により製造されている。次におもな製法について述べる。
[廣田 穰・末沢裕子]
酢酸菌(アセトバクターAcetobacterの仲間)が空気中の酸素によって、エタノール(エチルアルコール)を酢酸に変える発酵である。希薄なアルコール溶液でないとおこらないうえ、酢酸菌が発育するには、窒素化合物や無機塩が必要であるので、食用酢の製造には適当であるが、純粋な酢酸を得るには向いていない。
[廣田 穰・末沢裕子]
(1)アセチレンの水和による方法 石油化学の台頭以前は、硫酸水銀を触媒としてアセチレンに水を付加させてアセトアルデヒドに変え、さらに酢酸マンガンなどの酢酸塩を触媒として酸化する方法により合成されていた。
(2)石油化学の方法 1940年代末から1950年代の石油化学工業の進歩により、エチレンが安価に得られるようになった。そのため、パラジウム触媒を用いるヘキスト‐ワッカー法によりエチレンをアルデヒドに変えるプロセスでアセトアルデヒドを製造して、酢酸の合成原料に使った。
(3)C1化学による方法 ロジウム系触媒を用いて合成したメタノール(メチルアルコール)を一酸化炭素に付加させて合成する方法で、モンサント社により1960年代に開発されたのでモンサント法とよばれている。1990年代後半以降は、イリジウム触媒を用いる環境に優しい改良法(カティバ法)にとってかわられつつある。
[廣田 穰・末沢裕子]
無色の強い刺激臭をもつ液体。この化合物の分子は水素原子以外は同じ平面に並んでいる構造をとっている。なお、常温の気体状態および四塩化炭素や石油などの無極性溶媒中においては、水素結合により2分子が会合した二量体として存在する。
弱い酸で、水溶液中では次式のように解離して、一部が酢酸イオンとオキソニウムイオン(水素イオン)になっている。25℃での解離定数は1.845×10-5であり、この温度の1モル水溶液ではおよそ0.4%が解離している。
凝固点降下の値(39)が大きいので、純粋な酢酸の融点は、少量の水が混じると急激に降下する。純度の高い酢酸(99%以上)は冷却すると結晶化しやすく、冬季には結晶状態になるので、これを氷酢酸という。水のほか、エタノール、エーテルなどの有機溶媒とも任意の割合で混じるが、無極性溶媒には溶けにくい。安定な化合物で過マンガン酸塩や重クロム酸塩などの酸化剤によっても酸化されない。燃やすと青白い炎をあげて二酸化炭素と水になる。多くの金属と塩をつくり、アルコールやフェノールとエステルを生成する( )。
[廣田 穰・末沢裕子]
酢酸はそのままで染色、合成酢、写真の定着液などに使われるほか、医薬品、染料などの合成原料として、また、酢酸ビニルなどの酢酸エステル、無水酢酸、アセチルセルロース、モノクロロ酢酸など、工業的に重要な物質の合成原料として大量に使われている。実験室においても溶媒やアセチル剤としてしばしば用いられる。
[廣田 穰・末沢裕子]
脂肪酸の一種で,エタン酸ethanoic acidともいう。化学式CH3COOH。遊離の酸およびエステルとして天然に広く存在する。たとえば,アルコール性飲料を放置すると発酵して生じる食酢は古代から知られていたが,これにはその酸味の主成分として酢酸が3~5%含まれている。また,低級アルコールとのエステルは芳香成分としていろいろな果実に含まれている(酢酸エステル)。生体内では,糖,アミノ酸,脂肪などの代謝によって生成され,生化学的に重要な化合物である。ちなみにaceticおよびacidの語は,ともにラテン語のacer(すっぱい)から派生したacetum(酢),acidus(すっぱい)に由来する。
強い刺激臭をもつ無色の液体で,融点16.635℃,沸点117.8℃,比重1.0492(20℃)。水を含まないもの,および少量(1%以下)しか水を含まない純粋に近いものは冬季に氷結するので,とくに氷酢酸glacial acetic acidと呼ばれる。液体状態やベンゼンなどの非プロトン性溶媒中ではふつう,水素結合によって分子間会合した二量体として存在している。
水,エチルアルコール,エーテルなどに任意の割合で溶けるが,石油エーテルや二硫化炭素などには不溶である。水溶液は弱酸性を示す(25℃における酸解離指数pKa=4.757)。多くの金属と安定な塩をつくり,そのほとんどは水溶性である。酢酸塩のうちには酢酸カリウムのように潮解性のものもある。酢酸は通常の化学酸化の最終生成物であるため,酸化剤に対しては安定で,過マンガン酸塩を脱色しないが,空気中で燃焼すると青い炎を出して燃え二酸化炭素と水を生じる。種々のアルコールやフェノールとの間で脱水縮合してエステルを生成し,塩化チオニルや五塩化リンなどの塩素化剤と反応させると有機試薬として有用な塩化アセチルを生成する。
氷酢酸は皮膚をおかし,付着したまま放置すると水ぶくれを生じる。
古くは,木材の乾留によって得られる木酢(約5%含有)を精製する方法や,アルコールや糖類の酢酸発酵によって得られる食酢からつくる方法が用いられていたが,これらの方法は精製に多量の薬品が必要であり,かつ手間がかかるなどの難点があるため,現在では純粋な酢酸を得る方法としてはほとんど用いられていない。現在では,(1)プロパンやブタンなどの石油ガスの気相酸化,(2)硫酸水銀を触媒としてアセチレンに水を付加させてアセトアルデヒドを合成し,これを酢酸マンガンや酢酸セリウムを触媒として空気中の酸素で酸化する方法,(3)ニッケルやコバルトを触媒としてメチルアルコールと一酸化炭素を反応させる方法などで製造されている。
食酢として食用に供され,日常生活に密接な関係をもつだけでなく,工業的には酢酸ビニル,アセチルセルロース,無水酢酸や種々の酢酸エステルの製造に大量に使用されている。また,医薬品,染料,殺虫剤などの合成原料として利用されるほか,写真の定着液,捺染助剤,ラテックス凝固剤としても用いられている。
→酢酸発酵 →無水酢酸
執筆者:井畑 敏一
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
ethanoic acid.C2H4O2(60.05).CH3COOH.食酢の主成分で約5% 含まれている.アセトアルデヒドを酸化すると得られる.また,メタノールと一酸化炭素とをヨウ化コバルトまたはロジウムとヨウ素を触媒として反応させてつくる.酢酸発酵法によっても生産される.酸味をもつ無色の液体.融点16.7 ℃,沸点118 ℃.1.0492.1.3718.粘度1.3 cP(18 ℃).表面張力23.5 dyn cm-1(20 ℃).燃焼熱874.0 kJ mol-1.Ka 1.845×10-5(25 ℃).水,エタノール,グリセリン,エーテル,四塩化炭素などの有機溶剤に可溶,二硫化炭素に不溶.水溶液は弱酸性を示し,純度96% 以上のものは冬季には氷結するので氷酢酸とよばれている.多数の誘導体があり工業的に重要である.そのエステル類は果実香気を有するものが多い.酢酸ビニル,溶媒,染色,合成酢,医薬品の製造など多方面に用いられる.濃厚溶液や蒸気に触れるとやけどをすることがある.LD50 3.31 g/kg(ラット,経口).[CAS 64-19-7]
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…酢酸を含む液体酸性調味料で,食酢(しよくす)ともいう。酸敗した酒に起源をもつと考えられ,古く中国では〈苦酒(くしゆ)〉ともいい,日本では〈からさけ〉といった。…
※「酢酸」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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