デジタル大辞泉
「鉅鹿」の意味・読み・例文・類語
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きょろく【鉅鹿】
- 中国、秦代に、現在の河北省平郷県の地に置かれた郡および県の名。項羽が秦の将、章邯(しょうかん)の軍を大破した所。
出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報 | 凡例
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鉅鹿 (きょろく)
Jù lù
中国,河北省南部の平郷県の古名。戦国趙の邑(都市)で,秦・漢時代には鉅鹿県といい,鉅鹿郡の中心であったが,後漢以後は郡の治所が他に移り,県名も北魏のときに平郷と改められた。項羽が秦将章邯を破った地である。その北方およそ15kmのところに今日の鉅鹿県がある。前漢の南䜌(なんれん)県で,隋代に鉅鹿と改名され,唐以後は邢州あるいは順徳府の属県となった。現在の町は1108年(大観2)に黄河のはんらんで埋没したあとにできたもので,1918年ごろから発掘によって陶磁器や住居址などが発見されているが,なかでも磁州窯はとくに有名である。
執筆者:永田 英正
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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鉅鹿【きょろく】
1108年黄河の氾濫(はんらん)で埋没した中国河北省の一邑(ゆう)。1918年ころから発掘され始め,二つの住居跡や宋代の陶磁器が出土。陶磁には磁州窯,定窯のものがあり,鉅鹿陶と称されるが,特に白くて美しい前者は有名。
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