改訂新版 世界大百科事典 「食用油」の意味・わかりやすい解説
食用油 (しょくようあぶら)
edible oil and fat
食用に適する油脂の総称。常温で液状のものは油(脂肪油),固体のものを脂(脂肪)というが,通常用いているダイズ油,ナタネ油,ゴマ油などは植物性食用油である。動物性食用油の部類に入る魚油,鯨油は酸化変敗を受けやすく,不快臭をもちやすいため,そのままではほとんど用いられない。これらは水素添加を行って,マーガリン,ショートニングとして用いられる。植物脂にはヤシ油,パーム油,カカオ脂などがあり,マーガリン,チョコレートの原料とされる。動物脂で食用とされるおもなものは牛脂(ヘット),豚脂(ラード)などである。
食用油脂の栄養と摂取
食用油脂(栄養学では単に脂肪という)は体内で燃焼されるとき1g当り約9kcalの熱量を発生するが,これはタンパク質や炭水化物の2倍以上であり,栄養素のなかでは単位重量当りのカロリーが大である。したがってカロリーを摂取するためには効率のよい資源であるが,最近はカロリー摂取過剰の問題も先進国で出ており,他の栄養素とバランスをとって摂取することが望ましい。日本人の栄養所要量では脂質の基準量は1人1日当り48gとされているが,最近の報告例では栄養摂取量は58.1g(うち28.3gが動物性)となっている。かつて日本人の脂肪摂取量は欧米に比して少ないことが問題になっていたが,最近の傾向としては近づいてきている。消化吸収率はどの食用油もほとんど同じであるが,イワシ油などの魚油がやや悪いという報告もある。油脂の消化吸収には時間が比較的長くかかるので,消化器官が病弱な人の場合,とくに夏などにはよけいにとると下痢をすることもある。
執筆者:内田 安三
植物性食用油の種類と用途
市販品にはてんぷら油,白絞(しらしめ)油,サラダ油などの名がみられるが,これらは精製度を示すもので,てんぷら油から,白絞油,サラダ油の順に精製度が高くなっている。てんぷら油は標準的な揚油としてつくられるもので,揚物の風味がよく,“こし”(熱安定性)が強く,減りの少ないことが求められる。このため,ダイズ油,ナタネ油を主材料とし,米油,ゴマ油などを配合することが多い。白絞油は,元来は白土を用いて精製したナタネ油をさしたが,現在ではおもにナタネ油,ダイズ油でつくる。サラダ油は,加熱せずにそのままサラダドレッシング類に用いるため,なまでも風味がよく,低温でも凝固せぬようにつくられている。ダイズ油,ナタネ油のほか,綿実油,トウモロコシ油も用いられる。
植物性食用油を原料別にみると,次のようになる。(1)ダイズ油 ダイズの含油量は15~23%で,これを抽出で採油する。原油は黄褐色で不快なにおいをもつが,精製・脱臭すると良質な食用油になる。(2)ナタネ油 含油率38~45%のアブラナの種子を圧搾,または抽出によってとる。“こし”が強く,マヨネーズ,マーガリン,ショートニングにも利用される。日本の揚物料理の普及は,ナタネ油の増産によるところが大きい。在来種からとったナタネ油は,エルカ酸を多く含み,生理上好ましくないとされていたが,カナダで品種改良されたものから低エルカ酸油がつくられて普及している。(3)綿実油 含油率15~35%のワタの種子からとった油で,風味にくせがなく,酸化しにくいので,サラダ油,マヨネーズ,魚の油漬などに用いる。(4)ゴマ油 含油率40~55%という種子からとるもので,特有の芳香と食味があるので,てんぷら油に配合され,また,いため物や香りづけに用いられる。天然抗酸化剤セサモリンを含み,安定性も優れている。(5)米油(米ぬか油) 米ぬかに含まれる7~22%の油脂分を採取・精製したもので,良質のてんぷら油,サラダ油に使われる。(6)オリーブ油 オリーブの果実は種子のほか果肉にも微粒子の状態で油脂分が含まれており,これを採取する。古くからスペイン,イタリア,ギリシアなどで賞用され,サラダ油の根源となった。現在では多く精製して,マヨネーズ,油漬缶詰などに用い,てんぷら油に配合することもある。(7)ラッカセイ油 ラッカセイを圧搾してとるもので,香りがよく美味であるが,くもりやすい。サラダ油,てんぷら油,マーガリン,ショートニングなどに用いる。(8)トウモロコシ油 種子の胚芽から搾油するもので風味がよく,おもにサラダ油,マヨネーズに用いる。(9)サフラワー油 ベニバナ(紅花)油のことで,血中コレステロールの増加防止に有効とされ,サラダ油,てんぷら油に添加される。(10)ヒマワリ油 ヒマワリの種子からとるもので,くせがなく,サラダ油,てんぷら油,マーガリン,ショートニングに使われる。(11)パーム油 アブラヤシの果肉を原料とするもので,安定性がよく淡泊な風味をもつ。マーガリン,ショートニングのほか,インスタント食品の揚油などにされる。(12)パーム核油(カーネル油) アブラヤシの果実の核を原料とするもので,チョコレート,アイスクリームなどの業務用加工に用いられる。(13)カカオ脂 カカオ豆を原料とするもので,カカオバターともいう。融点範囲がせまく,口中でさっと溶けるのが特徴である。チョコレートの原料にする。
調理上の注意
食用油は放置すると酸化してしだいに不快臭を発する。これは光,金属,温度により促進されるので冷暗所に保存し,開封後も容器はなるべく密栓し,早く使いきるのが望ましい。同じ油でなん回も揚物をすると発煙,着色,粘度の増加があり,ついには細かい持続性の泡(カニ泡)を発生するが,これらを総称して油の劣化という。この主因は高温加熱であるから,これを少なくするには,適温以上の加熱と高温の不要な保持を避ける必要がある。揚げかすも劣化を促すので除かなければならない。劣化した油(疲れた油)の使用限界は通常,カニ泡の状態,粘度,におい,揚物の性状により判定する。また巷間に,疲れた油の再生法といわれる,野菜やパンを揚げる,水で煮立てる等々はみな効果がない。
執筆者:平野 雄一郎
製油業
食用油を製造する工業を製油業という。植物油と動物油の消費の比率は1970年ごろはほぼ3対1であったが,健康指向の風潮を背景に植物油の需要が年々増え,70年代後半からは4対1の割合になり,近年はさらに植物油の割合が高まっている。植物油メーカーには,輸入ダイズ,ナタネを原料とする臨海型大メーカーと,米ぬかを原料とする内陸型中小メーカーがある。
油は古代から灯油用に生産されていたが,平安時代末期以降は,〈座〉を中心としてエゴマの搾油が行われていた。江戸時代に入って檮押木(しめぎ)という搾油機が考案され,アブラナからナタネ油が大量生産されるようになった。古くからのエゴマの産地である現在の一宮市に一川屋(現,熊沢製油産業)が創業されたのは1826年(文政9)のことで,以後ナタネ油,綿実油を中心に原油を加工するようになった。明治に入り,灯火用市場を石油に奪われたこと,食生活の変化に伴い食用油の需要が増えたことから,油の需要は食用中心に移行した。86年九鬼紋七が設立した四日市製油では日本で初めて水圧式搾油機を導入し生産能力を大幅に向上させた。続いて,日清戦争後輸入されはじめたダイズかすが肥料として広く使われるようになると,満州(中国東北部)からダイズを輸入し,これからダイズ油とダイズかすを生産する事業が盛んになり,ダイズ油がナタネ油,ゴマ油にとって代わるようになった。さらに,1910年に溶剤を用いた抽出法が導入されると製油業はいっそうの発展をとげ,日清製油,豊年製油などの現在の大手メーカーがこの前後に設立された。第1次大戦後には,ダイズ油はヨーロッパまで輸出されるようになった。戦中・戦後の統制期には,各社とも原料不足に悩み,原料手当ての比較的容易な米ぬか油の生産だけが順調であった。50年代から,輸入ダイズの量が増加するとともに,輸入先が中国からアメリカに移り,62年にはダイズ輸入の自由化が実施され,輸入原料への依存度が高まるとともに,大手メーカーの優位が確立した。この間,大手メーカーは原料手当てを通じて,大手商社との結びつきを深めた。現在,食用油原料は植物性原料(ダイズとナタネの比重が高い)が八十数%を占めるが,その輸入依存度は9割強のため,製油メーカーの業績は海外相場動向に大きく左右される。
食用油の市場は家庭用と業務用とに分かれているが,業務用に強かったメーカーが家庭用市場に進出する動きが60年代に活発化した。さらに大手メーカーでは製品の多様化が進められており,また近年は胚芽油を利用した健康食品等付加価値の高い新製品の開発も活発である。あっさりした味が好まれるにつれて,食用油の需要が伸び悩むとともに,過剰設備の処理にも取り組まねばならず,メーカー各社の合理化・省力化が望まれている。
執筆者:北井 義久
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報