鹿伏兎城跡(読み)かぶとじようあと

日本歴史地名大系 「鹿伏兎城跡」の解説

鹿伏兎城跡
かぶとじようあと

[現在地名]関町加太市場

加太かぶと川中流左岸にある中世鹿伏兎(加太)氏の居城跡。鹿伏兎氏は関一族で、延文五年(一三六〇)関四郎盛政は鈴鹿・河曲かわわ両郡の領主になり(勢州軍記)、四男盛宗は正平年間(一三四六―七〇)頃鹿伏兎谷を領して鹿伏兎氏の祖となった。盛宗の子左京亮定俊は牛谷うしたに山に牛谷城を築いた。定俊は明徳五年(一三九四)三月牛谷山の麓に新福しんぷく(現神福寺)を建立し、鹿伏兎氏の菩提所とした。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報