デマゴギーdemagogyの略。わが国では流言やうわさなどの同義語としてしばしば用いるが、本来は政治指導の好ましからざる形態を表し、通例、非難の意味を込めて用いる。ギリシア語のデマゴゴスに由来することばである。いわゆるデマゴーグ(扇動政治家)が情動的シンボル、扇情的スローガン、虚偽情報などを巧みに駆使して、民衆を政治的に操作し、意図した方向に誘導、動員する支配形態のことである。A・P・シンドラーはデマゴギーを判定する基準として、〔1〕政治指導者の利己的、打算的な意図や動機、あるいは不誠実さといった人格的要因、〔2〕論点の極度の単純化、非合理的アピールなど大衆的アピールの方法、〔3〕民衆の不満を真に解決しうる建設的な行動プログラムを提起せずに、ひたすら政治指導者への情緒的一体化の高揚をてこに、民衆の共鳴と支持を得ることに腐心するデマゴギー的なアピールと指導の帰結として、社会的、政治的不満の真の原因の正しい認識を阻害する逆機能的結果、をあげている。
デマゴギーの政治手法は昔から支配者の常用手段であったが、現代の大衆民主主義のもとでも、大衆操作の有効な手段として利用され、マスコミの高度な発達とともに、ますます巧妙かつ隠微な性格を帯びてきている。社会的、政治的な危機状況はデマの発生と伝播(でんぱ)の格好な温床である。こうした状況のもとでは、一つには、民衆の不安、恐怖、偏見、敵意などが拡大再生産されて、被暗示性を高進せしめるからであり、いま一つは、マスコミをはじめとする社会的コミュニケーションの情報回路が著しく混乱し、正常な営みを遂行しにくくなる結果、民衆の情報欲求が異常に高まるからである。支配者はデマの操作によって権力の掌握や維持を策動するだけでなく、民衆の間で自然発生的に生まれ、ひそかに伝播される反権力的志向の流言に、「デマ」のレッテルを貼(は)って、「事実無根の流説」とか「秩序紊乱(びんらん)の悪質デマ」といった印象を植え付けることで禁圧し、葬り去ろうと画策する。こうして、デマと流言との概念的混乱が生じる。
民衆のなかで自然発生的に生まれ、口コミで伝播する「下からのデマ」は、しばしば真実の核心を内蔵し、政治権力の弾圧や抑圧への消極的抵抗として発生することが少なくない。したがって、支配者が自己の政治的目的のために、意図的かつ組織的に計略し、流布する「上からのデマ」(官製デマ)と、「下からのデマ」(流言飛語)とは本来、概念的に区別されなければならない。しかし、支配者が内密に民衆のなかに虚偽情報を植え付け、あたかも自然発生的な流言であるかのように仕組んで、民衆の抑圧や操作への口実を意図的につくったりするなど、両者を判然と区別しにくい場合もある。いずれにせよ、デマが飛び交い、はびこる社会はけっして健康ではない。表現の自由に裏打ちされた多様な情報の自由な流通と競合のメカニズムが、デマの氾濫(はんらん)と跳梁(ちょうりょう)にとってかわるときに、民主主義政治は活力に満ちた前進的な発展を遂げるのである。
[岡田直之]
『L・ローウェンタール、N・グターマン著、辻村明訳『煽動の技術――欺瞞の予言者』(1959・岩波書店)』▽『H・キャントリル著、南博他訳『社会運動の心理学』(1959・岩波書店)』
デマゴギーdemagogyの略。古代ギリシアにおけるデマゴゴスdēmagōgos(民衆の指導者,転じて民衆を扇動する政治家)による民衆操縦のための宣伝・扇動が原義である。デマは,その内容が事実の裏づけを欠く言説であることや,危機状況や社会不安を背景に伝播しやすいことなどから,しばしば流言と混同される。しかし,特定の意図をもった人物とか社会的勢力が,意識的に虚偽の情報を捏造(ねつぞう)し,その流布をはかるという点で,民衆の願望を反映した自然発生的な流言とは,まったく異なる。ただし,デマの発生源やそのねらいは隠蔽されている場合が多いので,現実の伝播過程で両者を区別することはむずかしい。
対立抗争関係にある政治勢力は,互いに相手の陣営から民心を離反させ,自己の陣営に民衆の支持を集めることによって,みずからの立場を強化する目的でしばしばデマを利用する。たとえば,敵国軍の残虐行為,政敵のスキャンダル,少数民族の犯罪などに関する捏造あるいは誇張された情報をひそかに流すことによって,相手に打撃を与えようとする。これに反して,自分たちにとって不利な情報は,たとえそれが事実であったとしても,デマというレッテルを貼って否定し,その伝播を抑制しようとする。つまり,前者はデマをニュースとして流し,後者はニュースをデマとして押しとどめようとする。もちろん,こうした活動は,政治勢力だけでなく,競合関係にある企業や集団の間でも,広くみられる現象である。デマの流布にしても抑止にしても,情報操作を通じて人々の状況認識を方向づけようとする試みであるから,情報の処理と伝達の手段を豊富にもっている勢力,政治的には既存の権力機構,経済的には独占的大企業などが,有利な立場に立つことになる。デマの主題は一般に,個人的な体験を超えたものが多いだけに,マス・メディアをはじめとする社会情報システムの所有と運営が特定の社会的勢力に占有された場合には,真実を装ったデマを防ぎ,デマと決めつけられた真実を守ることが,絶望的に困難になる。
→噂(うわさ) →流言
執筆者:竹内 郁郎
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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…だれか(何か)について話すこと,またその話それ自体(例えば〈故人のうわさをする〉)。しかも,その話の内容の真偽があいまいな場合には,〈流言〉や〈デマ(デマゴギー)〉と同義になるし,あいまいな話と単なる話という両方の意味を含んでいる点では〈ゴシップ〉に近い。例えば〈風のうわさに聞く〉という場合,だれかがだれかについての情報を口にするのを聞くとも解せるし,だれかについての真偽のあやふやな情報を耳にするという意味に解することもできる。…
※「デマ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
「歓喜の歌」の合唱で知られ、聴力をほぼ失ったベートーベンが晩年に完成させた最後の交響曲。第4楽章にある合唱は人生の苦悩と喜び、全人類の兄弟愛をたたえたシラーの詩が基で欧州連合(EU)の歌にも指定され...
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