日本大百科全書(ニッポニカ) 「ビザなし渡航」の意味・わかりやすい解説
ビザなし渡航
びざなしとこう
事前にビザ(査証、Visa)を取得・用意せずに外国へ入国すること。一般に、海外へ渡航するには、渡航者の安全や渡航先での治安を維持・確保するため、出発国が発行したパスポート(旅券)と、渡航先が入国させても問題がないとのお墨付きを与えるビザの両方が必要である。しかし、出発国と渡航先との間で信頼・協調関係があり、渡航者がテロや犯罪などに関係するおそれがない場合に、ビザなし渡航が認められる。どの国・地域との間でビザなし渡航を認めるかは、国・地域ごとに出入国管理法や移民国籍法などの法制度が異なるため、まちまちである。おもに9か月以内の観光やビジネス目的の短期滞在に適用されることが多い。また、相互協定によってビザなし渡航を相互に認める例もある。
ビザなし渡航は、海外旅行者などを増やす経済効果があり、グローバル化の進展で増加傾向にある。ビザなし渡航のできる国・地域の数を比較するパスポート指数(イギリスのコンサルティング会社ヘンリー&パートナーズ調べ)によると、2022年時点で、日本は192の国・地域へビザなし渡航ができ、その数はシンガポールと並んで世界でもっとも多い。2番目はドイツと韓国(190か国・地域)、3番目はイタリア・スペイン・フィンランド・ルクセンブルク(189か国・地域)。北朝鮮からビザなし渡航できる国・地域は39にとどまり、最下位はアフガニスタンの26か国・地域である。また、日本は、世界68か国・地域(2022年1月時点)からのビザなし渡航(入国)を認めている。アメリカには、90日以内の観光・商用目的の場合、ビザなし渡航を許可するビザ免除プログラム(Visa Waiver Program:VWP)制度がある。ヨーロッパでは、EU(ヨーロッパ連合)を中心に、ビザだけでなく、国境でのパスポートや税関の審査なしで自由に行き来できるシェンゲン協定がある。ビザなし渡航はテロ、紛争、感染症流行を機に停止されることも多い。2015年のパリ同時多発テロでは、ビザなし渡航が適用されたベルギー国籍の容疑者がかかわっており、ビザなし渡航を停止した。また、新型コロナウイルス感染症(COVID(コビッド)-19)の流行で、ほとんどの国・地域が2020年から数年間、ビザなし渡航を停止した。
なお、ビザなし渡航とは別に、北方領土への「ビザなし交流」という制度がある。日本政府は、ロシア政府が発行したビザによる日本国民の北方領土渡航を認めれば、北方領土がロシア領であることを認めたことになりかねないとして、北方領土への渡航を規制していた。しかし、1991年(平成3)の日ソ首脳会談において、日本国民の北方領土へのビザなし渡航を認めることで合意し、1992年から実施された。対象は、(1)元島民とその家族・遺族、(2)返還要求運動関係者、(3)報道関係者、(4)訪問の目的に資する活動を行う専門家。しかし、ロシアによるウクライナ侵攻に対する対ロ制裁への対抗措置として、ロシアは2022年(令和4)に同合意を破棄し、ビザなし交流は停止している。
[矢野 武 2023年1月19日]