刑事訴訟において,起訴があってから裁判が確定するまでの裁判所における手続を,広義において公判という。そこには公開の法廷で行われる手続(公判手続。この手続が行われる期日を公判期日という)と,そのための準備が含まれ,前者をとくに狭義における公判と呼ぶ。上訴審については〈控訴〉および〈上告〉の項にゆずり,ここでは第一審の公判について説明する。
公訴が提起されると,裁判所は,被告人に起訴状の謄本を送達したうえ,弁護人を選任できること,および,貧困である場合などには国選弁護人の請求もできることを知らせる。さらに,第1回公判期日を決定し,その期日に被告人を召喚するとともに,検察官および弁護人に通知する。他方,被告人・弁護人と検察官,つまり当事者側では,証拠の収集・整理をするとともに,相互に協議して争点を明確にするなどして,審理が迅速かつ適正に行われるように事前の準備を進める(事前準備)。
なお,事件が複雑な場合には,事件の争点および証拠を整理するため,裁判所および両当事者が期日外に会合して協議することもできる(準備手続)。ただし,裁判所が事件の実体にふれることになるので,予断排除の見地から,この協議は第1回公判期日の前には許されない。このほかの準備活動として,公判期日外の証拠調べ(証人尋問,検証など)が挙げられる。すなわち,公判期日において取り調べることのできない証拠は,期日外に取り調べ,その結果を後日あらためて公判廷で取り調べるのである。以上を総称して,公判準備という。
公判期日の手続は公判廷,すなわち公開の法廷で行われる。憲法により,刑事被告人は公開裁判を受ける権利を保障されている(37条1項)。ただ,裁判所が,裁判官の全員一致で,公の秩序または善良の風俗を害するおそれがあると決したときには,審理を非公開にできる。しかし,このような場合でも判決は必ず公開しなくてはならない。また,政治犯罪,出版に関する犯罪,あるいは国民の基本的人権が問題となっている事件では,審理の非公開も許されない(82条)。なお,審理が円滑に進められるためには法廷の秩序を維持することが必要であり,その見地から裁判所に法廷警察権が与えられ,退廷,さらには監置・過料の制裁を科することが認められる(法廷秩序)。
公判期日には,冒頭手続,証拠調べ,弁論を経て,最後に判決が言い渡される。(1)冒頭手続では,出頭した者が被告人本人であることの確認(人定質問)の後,検察官が起訴状を朗読する。つづいて,裁判長は被告人に黙秘権のあることなどを告げたうえ,被告人および弁護人に陳述の機会を与える。その陳述においては,訴因,すなわち検察官の主張する事実に対する応答(罪状認否)が重要であり,これによって事件の争点が明確になる。この後,審理は本格的な段階に入り,証拠調べが始まる。ところで,公判の手続は,裁判官の主宰するものではあるが,裁判官が職権で進めるわけではなく,当事者双方のイニシアティブのもとで,その攻撃と防御とによって進展する(当事者主義)。
(2)証拠調べは,公判手続の中心的部分であり,原則として両当事者の請求に基づいて行われる。はじめに検察官が証拠によって証明すべき事実を明らかにする(冒頭陳述)。この事実をめぐり,検察官が立証(攻撃)をし,被告人・弁護人がそれに対する反証(防御)をしていく。なお,一般に,犯罪事実の存否に関する審理と情状に関する審理は段階的にくぎって進められている(事実認定,量刑)。物的証拠のうち,証拠書類は朗読により,証拠物は展示することにより,それぞれ取り調べる。証人などの人的証拠については,尋問が行われる。まず申請当事者が尋問をし(主尋問),ついで相手方の反対尋問があり,さらに再主尋問……というように進む。この方式を交互尋問といい,実務上の一般的な姿である。法律上は,第2次大戦前と同様に,まず裁判長が尋問し,ついで当事者が尋問するという職権尋問が原則的方式となっているが,現実には例外規定が活用されているのである。
(3)証拠調べが終わると,弁論の段階を迎える(他の用語法と区別して,最終弁論とも呼ばれる)。まず,検察官が事実および法律の適用について意見を述べ,求刑も行う(論告・求刑)。ついで,被告人および弁護人の意見陳述がなされる。検察官が重ねて意見を陳述することもあるが,その場合にも最終の陳述権は被告人に認められている。
以上の手続は,むろん裁判所の面前で,すべて口頭で進められるのであり,書面を提出して済ませることはできない。このことによって,裁判所は証拠の内容や当事者の主張について新鮮で正確な印象をもつことができる。この点から,途中で裁判官が交替した場合などには,必要に応じて従前の審理のやり直し(一般に簡略な方法をとっている)が必要とされる(公判手続の更新)。
(4)弁論が終わると結審になり,判決の言渡しへと進む。いったん結審しても,新証拠が発見されたりすると,審理が再開されることもある。判決は公判期日に現れた資料をもとにして言い渡されるのであり,裁判所はそのほかの知識・情報を考慮に入れることはできない。なお,関連する数個の事件については審理を併合することができ,逆に,共犯事件で共同被告人相互の間に利害の対立がある場合などには審理を分離すべきこともある。
以上のように手続は進むが,争いのない簡単な事件を除き,1回の開廷で済むわけではない。できるかぎり連日開廷すること(継続審理)が求められているが,さまざまな理由から,実際にはほとんど達成されていない(集中審理)。なお,一定の重い事件を除き,被告人が冒頭手続において訴因について有罪である旨を陳述したときは,裁判所は種々の点で簡略化された手続によって審理を進めることができる(簡易公判手続)。
→刑事訴訟 →裁判
執筆者:米山 耕二
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
刑事訴訟の中心となる手続であって、広義では、公判期日における審理・判決の手続のほか、その準備のためにするいっさいの訴訟手続をさし、狭義では、公判期日における審理・判決手続だけをいう。民事訴訟における口頭弁論にあたる。通常第一審の公判の重要な原則としては、実体的真実発見主義、公開主義、口頭主義、直接審理主義がある。現行刑事訴訟法になって、とくに、当事者主義と職権主義との関係をどのように考えればよいのかということが問題となっている。そのために、裁判所の職権証拠調べ義務、訴因変更命令義務、訴因変更命令の形成的効力について学説上争いがある。
第一審の公判が開始されるのは、(1)検察官の公訴の提起があったとき、(2)上級裁判所が原判決を破棄差戻しまたは移送したとき、(3)裁判所が事件を移送または併合する決定をしたとき、(4)裁判所が略式命令または交通事件即決裁判をすることができないとき、またはこれをすることが相当でないと考えたとき、もしくは略式命令または交通事件即決裁判につき正式裁判の請求があったとき、(5)再審開始の決定が確定したとき、である。
公判廷の必要的構成員は、裁判官、裁判所書記官および検察官である(刑事訴訟法282条2項)。被告人は、軽微事件については出頭を免除されているが(同法284条、285条)、それ以外は公判期日に出頭しなければならない(同法286条)。また、死刑または無期もしくは長期3年を超える懲役または禁錮にあたる事件を審理する場合には、弁護人がなければ開廷することができない(同法289条、290条)。
[内田一郎・田口守一]
公判審理の範囲については不告不理の原則がある。ただし訴因の変更が認められる(刑事訴訟法312条)。
通常、第一審の公判審理の順序は次のようである。
〔1〕冒頭手続 (1)人定質問(刑事訴訟規則196条)、(2)検察官の起訴状朗読(刑事訴訟法291条1項)、(3)被告人への権利の告知(同法291条3項、同規則197条)、(4)被告人・弁護人への陳述の機会付与(同法291条3項、291条の2)。
〔2〕証拠調べ(同法292条) (1)検察官の冒頭陳述(同法296条)、(2)被告人および弁護人の冒頭陳述(同規則198条)、(3)証拠調べの請求(同法298条1項)、(4)証拠調べの範囲、順序、方法の決定(同法297条1項)、(5)職権による証拠調べ(同法298条2項)、(6)証拠調べの方式 (イ)証人等の取調べ(同法304条、同規則199条の2~199条の13)、(ロ)証拠書類の取調べ(同法305条)、(ハ)証拠物の取調べ(同法306条)、(ニ)証拠物中書面の意義が証拠となるものの取調べ(同法307条)、(7)被告人の任意の供述(同法311条)、(8)証拠調べに関する異議の申立て(同法309条)、(9)証拠の排除決定(同規則205条の6第2項、207条)、(10)証拠の証明力を争う機会の付与(同法308条)。
〔3〕弁論 検察官の論告・求刑および被告人の意見の陳述、弁護人の弁論(同法293条、なお同規則211条)。
〔4〕判決(同法342条、同規則35条、220条、220条の2、221条)。
以上のように、〔1〕~〔3〕の多くの手続を経て初めて、最後に〔4〕判決が下される。
[内田一郎]
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