同性を性愛の対象とする心理ないし行動。同性愛は,そのイメージを20世紀において大きく変えた。同性愛はすぐれて20世紀的現象であり,人類の歴史において20世紀ほど同性愛者差別問題が激化し,また解放が強く叫ばれた時代はない。そして20世紀末,同性愛者に対する偏見は弱まりつつある。アメリカ精神医学会発行の《精神障害の診断と統計の手引(DSM)》は1980年版以降,同性愛を削除し,WHO(世界保健機関)編纂の《国際疾病分類(ICD)》も1992年版以降,同性愛を削除した。日本の厚生省(現,厚生労働省)も同性愛を病気として認定していない。多くの国々で同性愛行為に対する刑法上の処罰は廃止された。とはいえ,いまもなお同性愛を異常性欲・性倒錯として語る例は絶えない。同性愛者を医学的手段で矯正することはなくとも,〈ホモ遺伝子〉の発見をめざす研究が行われ,同性愛を罪とする宗教観も根強い。解放はまだ完全ではない。
〈同性愛 Homosexualität(ドイツ語),homosexuality(英語)〉は,1869年ウィーンで活躍した作家(ハンガリー人)ケルトベニー Karoly(Karl) Maria Kertbeny(1824‐82)が発案した造語(ギリシア語で〈同一〉を意味する homo とラテン語で〈性愛〉を意味する語を組み合わせたもの)で,ドイツにおける男性同性愛者解放運動を支持するかたちで生まれた。しかしその後,この語を差別的医学用語とみる誤解が流布したが,当初の目的に反して,同性愛という語が差別的用法を伴ったことも事実で,そのため男性同性愛者を〈ゲイgay〉,女性同性愛者を〈レズビアンlesbian〉と呼ぶことが西洋では現在一般化している。
歴史的にみると,西洋において同性愛者の人権が認知され始めた18世紀後半と,それ以前とでは同性愛のイメージは異なる。一般的に,18世紀ないし19世紀以前,同性愛(とりわけ男性同性愛)は,残酷な迫害を受け死罪となる重罪であったが,実際の執行例は少なく(ただし諸説あり),おおむね容認された慣習であったともいわれる。多くの宗教とりわけキリスト教が同性愛を禁じているが,それは同性愛を悪習として禁止したのであり,同性愛者というカテゴリーが存在したかは不明である。各国語に存在する同性愛を示す用語のいくつかが,異性との性関係を示す際にも用いられたことから,同性愛が同性愛者というカテゴリーとは別であった可能性も大きい。同性愛を示す古くからの英語の一つ〈ソドミーsodomy〉は,中世・初期近代の用法では男女の背徳的な性行動をも意味し同性愛に限定されない。同性愛者というカテゴリーの確立は,西洋において同性愛行為への法的制裁が和らぐ19世紀以後である。これはまた同性愛が,慣習・行動のカテゴリーから,異常者というカテゴリーに移行したことを意味し,これが20世紀における同性愛問題の根幹となった。
地域的にみると同性愛は,アジア,アフリカ,ラテン・アメリカ地域,ならびにオセアニア地域に多く,これら諸地域は同性愛を問題視していないことが報告されている(日本もまた同性愛に寛容とみなされることが多い)。しかし,情報は文化的象徴性を帯びている可能性もある。コロンブスのアメリカ航海以後,西洋人は新大陸の先住民を無根拠に食人種であり,同性愛風習に染まる者とみたが,他人種,異民族は,食人種や同性愛者として神話化されることが多く,他民族との境界地帯は同性愛地帯となった(西欧において地中海地域は同性愛地帯として語られやすい)。このためヨーロッパ以外の地域に同性愛が多いとする情報は,一種のオリエンタリズムに侵食され,そうした地域の同性愛現象が必要以上に誇張される傾向が強い。
生物学的に,同性愛の原因として半陰陽,内分泌異常などが報告されることもあるが,そこから生物学的な一般原因を特定することは難しいとされる。心的原因として,たとえばフロイトは,エディプス期を克服できないまま母親との同一化に留まる退行現象を考えた。しかし,この心因論では母性との一体化・退行・停滞という特徴が,どれも同性愛と結びつけられた未開社会の特徴(停滞性,母系社会)と一致するため,同性愛一般を退化論と結びつける文化的神話性から免れていない。またこの説は同性愛を母性と関連づけているが,これは19世紀から20世紀にかけて西洋で,男性同性愛像が女性的特質を帯び始めたこととも一致する。前近代において共存していた男性性と女性性が,19世紀から20世紀にかけてはその分離化に拍車がかかり,同性愛者差別を助長することになった。同性愛者差別には社会,経済,政治とも関係する面が多く,民族主義,国民国家の形成,男女のジェンダー分割の固定化などの要因が重視される。いずれも自他を峻別する政治的姿勢と連動し,そのなかで同性愛者は国,民族,階級,文化,男女の境界の侵犯者として悪魔化され排斥され,差別と偏見,ときに暴力的迫害の犠牲者となった。第2次世界大戦期,ナチス・ドイツが同性愛者に三角形のピンクのバッジを付け強制収容所へ連行したことはファシズムによる同性愛者迫害の組織的実現であった。ただ程度の差こそあれ,社会的制裁には同性愛者という烙印が使われ,これが激化したのも20世紀であった。1980年代以降のエイズ・ウイルス蔓延に伴い,感染源として男性同性愛者が無根拠のまま差別的に特定されたのはその典型である。男性同性愛者解放運動は古くは啓蒙主義時代に始まり,1970年代以降の欧米で盛んになり,いまやこれは全世界的現象となった。なかでも1895年イギリスにおけるオスカー・ワイルド裁判,1907年ドイツにおけるオイデンブルク訴訟という国際的醜聞となった両事件は,同性愛者に対する蔑視と弾圧を助長したが,一方で同性愛者解放運動を促進することにもなった。解放運動の歴史のなかで道標となるものとして,ウルリヒスKarl Heinrich Ulrichs(1825‐95)に影響を受けた医師ヒルシュフェルトMagnus Hirschfeld(1868‐1935)が1897年に設立した,世界で最初の男性同性愛者解放団体〈学術的人道委員会〉,あるいは1970年代の英米圏におけるゲイ革命の契機となった1969年ニューヨークのストーンウォール暴動事件などがあげられる。
現在,解放運動は,同性愛を普遍的現象とみなす拡大方向と,同性愛文化を確保し保護する少数派傾向とに分かれる。普遍派は,異性愛関係の内部に同性愛を認め,異性愛の強化を目的として不当に差別される同性愛の悪魔化を批判し,同性愛と認められない同性関係にも同性愛的要素を見いだし,人間の両性具有性を確認しつつ,同性愛者と異性愛者を峻別し,同性愛者を病的異常者とする根強い社会的差異化を批判する方向に向かう。一方,少数派は,19世紀後期のドイツにおける〈同性愛の医療化〉〈第3の性〉(ヒルシュフェルトの造語)の主張にみられる同性愛者の独自性と人権の主張に始まり,同性愛者の集団をサブカルチャーとして確立したり,歴史上,男性中心社会のなかで制度的脅威とみなされなかったため表面化しなかった女性同性愛の歴史と文化を探り,社会的偏見や差別と闘う方向をめざす。
こうした趨勢のなか,20世紀最後の10年において同性愛者や同性愛に対する関心が世界的に高まりをみせ,多くの学術分野において同性愛の見直し,あるいは同性愛現象の検証が活発になっている。また従来,女性や女性同性愛者を蔑視する傾向にあった男性同性愛者が,フェミニストや女性同性愛者とも連帯し解放運動をすすめるとともに,同性愛文化の創造を模索する新しい傾向も生まれている。
執筆者:大橋 洋一
人間の性の形態は,社会や文化によってさまざまであり,同一社会のなかでも複数の異なった形態をとりうる。同性愛もそのような多種多様のなかのいくつかの形態であるが,その意味づけは社会によって異なっている。同性愛行為を容認する社会もあれば,非難すべき行為として制裁(サンクション)を加える社会もある。制裁の種類も嘲笑や軽蔑だけのものから死罪にいたるまで多様であり,男同士の同性愛行為に対する制裁・容認と,女同士に対するものが区別される場合もある。また同性愛の頻度は制裁の有無と必ずしも一致しない。西インド諸島のハイチのように,社会的に非難されるが高頻度で同性愛行為のみられる社会もある一方,ボリビアのシリオノ族のように,それを妨げる規範はないのに同性愛行為がきわめてまれである社会もある。
いわば〈自発的な同性愛〉とは区別される〈制度化された同性愛〉がみられる社会も少なくない。これは同性愛行為を文化の制度に組み込んだもので,最も一般的な例は,特定の〈女性扮装者〉や少年が公認された手続によって他の普通の男の〈妻〉となるというものである。北米インディアンのいくつかの社会では,一部の男子が夢の予兆や手芸道具への好みなどにより幼いころから女性の役割を担うように育てられる。彼らは女装して女性の仕事をするようになり,他の男の妻たちの一人となるのである。しかし,そのように幼少期から定められ認められた性役割転換者以外の男の〈自発的な同性愛〉行為は,軽蔑という制裁を受ける。このような制度的な性転換者は超自然的な力をもつとみなされる場合も多い。シベリアのチュクチ族の女装するシャーマンはそのような典型であり,彼もほかに女性の妻をもつ通常の男の〈妻〉となる。またアフリカのアザンデ社会では,植民地時代以前には,長老となる前の戦士は妻をもつことができず,少年を〈妻〉としていた。公認された〈少年妻〉は女としてふるまったが,この〈制度化された同性愛〉は,男たちが戦士から長老となり女性の妻たちをむかえると終わるものだった。長老の複数の妻たちのあいだにも性関係の少なさから同性愛行為がみられたが,この女性の〈自発的な同性愛〉は社会的に非難された。
ニューギニアのいくつかの社会では〈制度化された同性愛〉の別の形態がみられる。そこでは,少年が成人となるには精液を欠いた状態に人為的に精液を〈植え付け〉ねばならないと考えられており,少年たちは一定期間,成年男子から肛門性交により男の力の象徴である精液を受ける。そのような同性愛行為は,男にとって力の伝達であり,力の浪費と考えられている女性との性行為と観念体系において対立している。このように,〈制度化された同性愛〉にも,北米インディアン社会のように一部の者が男から女(あるいは両性具有者)へ転換するために女性として行う異性愛行為の模倣と,ニューギニア社会のようにすべての男が特定の期間に少年から成人へ転換するために男性として行う,異性愛行為とは明確に対立する形態という,二つの型があり,多くの同性愛はその両者間の変異として位置づけられよう。
→性 →男色
執筆者:小田 亮
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
その性的指向sexual orientationが同性にあること、すなわち同性に対して性的感情を抱くこと。同性愛者をホモセクシュアルhomosexualというが、これは1869年にハンガリーの医師ベンケルトがつくったことばで、医学の分野でよく使用される。同性愛者自身は男性同性愛者のことをゲイgayもしくはゲイマンgay man、女性同性愛者のことをレズビアンlesbianという。ゲイは広く男女の同性愛者を指して用いられることもある。
同性愛は古今東西を問わず、あらゆる文化圏や民族集団にみいだされるが、その位置づけは時代や地域によって大きく異なる。
ユダヤ―キリスト教的価値観のなかでは、生殖を伴わない性は罪悪としてとらえられ、同性愛もその中に含まれた。近代国家の出現により教会の権威が失墜するに従って、同性愛に対する宗教的嫌悪は世俗法に引き継がれ、同性愛者は死刑を含む過酷な処罰を受けた。
19世紀後半に同性愛の医学的研究が始まった。これは、当時同性愛を刑法上の犯罪としていたドイツにおいて、同性愛者の精神鑑定が精神科医に委託されたことによる。フロイトによる精神分析学の確立により、同性愛はもっぱらその枠内で語られるようになった。フロイト自身は、同性愛は病気に分類されるものではないことを明言しているが、その後の分析家は同性愛を疾患としてとらえ、さまざまな病理モデルを提出した。
第二次世界大戦後、1960年代後半から顕在化した同性愛者解放運動の基礎となった諸団体が結成され、ホモファイル運動を展開した。この動きの中でアメリカの心理学者フッカーは、同性愛男性と異性愛男性の投影法検査を行い、両者の適応水準に差がないこと、検査結果から両者を区別することはできないことを明らかにした。同性愛者自身による権利獲得運動と同性愛の病理モデルに疑問を唱える研究者の出現により、同性愛の脱医学化が始まったのである。このことはアメリカ精神医学会の公式診断分類である『精神障害の分類と診断のための手引き(DSM)』の変遷に表れている。1968年出版の第2版までは、同性愛は精神障害に位置づけられていたが、1973年にアメリカ精神医学会は同性愛を分類から削除することを決定し、1987年の第3版改訂からは「同性愛」という用語はいっさい使用されていない。DSMに影響を受けた世界保健機関(WHO)の国際疾病分類(ICD)においても、1990年に承認された第10版には独立した「同性愛」の項目はない。このように現代精神医学においては、同性愛は疾患とはみなされていない。
しかし、社会のルールやシステムは、すべての人が異性愛者であることを前提にしてつくりあげられており、同性愛者の存在は無視されている。これは異性愛主義heterosexismとよばれている。また、社会には同性愛に対する誤解と偏見が満ちあふれており、その結果、同性愛を変態、あるいは悪趣味と蔑視(べっし)し、嫌悪感を抱く人もいる。この根拠のない不合理な同性愛者への否定的感情は同性愛嫌悪homophobiaとよばれている。異性愛主義と同性愛嫌悪が蔓延(まんえん)する社会において、同性愛者は自らの性的感情に適切なことばを付与することに大きなとまどいと不安と抵抗を感じている。これらの困難を乗り越えて肯定的なゲイアイデンティティ(同性愛者としての自己同一性)を確立していく過程をカミングアウトプロセスという。
アメリカにおいては、肉体的・言語的暴力の対象となりやすい同性愛者を援助するために、「プロジェクト10」とよばれるカウンセリングサービスと教育プログラムが各地の学校で行われ、成果をあげている。
[濱田龍之介]
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…昔とはことなり今日あらゆる種類の性的前戯は異常とはふつうみなされないが,それらが性感獲得のための最上の手段となっている場合は,それが個人のもつ心理的困難のなんらかの反映である可能性は否定できず,フェティシズム,服装倒錯,動物性愛,小児愛,露出症,窃視症,性的マゾヒズム,性的サディズムなどがふつうその質的異常とみなされる。同性愛もこの範疇に入るが,同性愛にもこの傾向にみずから悩まない自我親和的な同性愛と,この傾向に悩み異性愛への転向をつねに望む自我違和的なものとがある。今日のアメリカの精神医学界は,後者のみを治療の対象になるものと考え,前者は精神障害とはみなさない立場をとっている。…
…プラトンのエロスは確かに男女の愛を含むものであったが,そればかりではなく,ともに真理を探究することによってイデアの世界に達しようとする師弟間の愛なども含んでいた。〈プラトニック・ラブ〉の本来の意味は今日の同性愛であるといわれる。 一方,キリスト教は,このようなヘレニズム的世界の性思想や,ユダヤ教を含む先行諸宗教の性思想を,快楽主義と批判して,夫婦間の性交だけをよしとするパウロの主張を教会の教えとして確立するにいたる。…
…歴史的に性対象の異常とされてきたものには,以下の行為がある。自分自身の肉体を性対象とするオートエロティズム(ナルシシズム),自分と同性を対象とする同性愛,性的に未熟な幼児を対象とする幼児性愛(ペドフィリアpedophilia),老人を対象とする老人性愛(ジェロントフィリアgerontophilia),死体を対象とする屍体性愛(ネクロフィリアnecrophilia),動物(獣,鳥など)を対象とする動物性愛(ゾーフィリアzoophilia,これにもとづく行為が獣姦=ソドミーsodomy),フェティッシュと呼ばれる物品や肉体の一部を性愛の対象とするフェティシズム,親子・同胞と交わる近親相姦など。一方,性目標の異常としては,露出症,窃視症(voyeurism,いわゆる〈のぞき〉),サディズム,マゾヒズム,異性装症ないし服装倒錯(トランスベスティズムtransvestism)などがあげられてきた。…
…男性の同性愛。〈だんしょく〉とも読む。…
…彼らは100人余りでアモク村に住んでおり,他のマレクラ島民とは異なりカバを飲む習慣があり,割礼を行う。また同性愛が社会的に承認されており,同性愛者は政治的に高い地位につくことができる。スモール・ナンバスは死者の頭骨を利用して死者に似せた像を作ることで知られている。…
※「同性愛」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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