ある商店や商店街が,どのような買手顧客の分布を有しているかの,空間的・時間的範囲を表したものをいい,商勢圏ともいう。商圏には流通段階の対象によって,卸売商圏と小売商圏があるが,一般には小売商圏を指す。小売業の集積である商店街やショッピング・センターの商圏をいう場合もある。また銀行や飲食業・サービス業なども,買手顧客の集合によって経営が成立しており,これらの業種のサービス圏も商圏と同じ意味である。一定の空間的範囲を指して,経済・市場活動の行われる場を市場地域market areaというが,これも商圏と同義である。このほか,販売圏,支持圏,市場圏などの言葉も商圏とほぼ同義である。したがって,商圏は買手顧客によって商業経営が支えられる地域的範囲を示すものであり,買手顧客の居住地や所在地の分布とともに,買手顧客の購買行動の範囲にも関係する。すなわち,買手顧客がどこで買物をするかという,買物に伴う移動の範囲であり,ある特定の商店や商店街に対する購買機会との相互関係である。商圏の範囲は,ふつう距離や時間で示すことができる。ある商圏は中心から0.5km(同心円という意味ではない)とか,所要時間10分の範囲というように表す。さらに商圏を潜在需要の大きさでみて,商圏人口何万人という表し方もする。商圏は販売戦略の視点から,その中をさらに細かく分けて,その店舗などの吸引力の強さや重要度によって,第1次商圏,第2次商圏,第3次商圏のように分けて取り扱うことが多い。商圏の範囲は商品やサービスの種類によって異なる。最寄品の商圏は狭いが,買回り品の商圏は広い。
商圏の大きさの測定や市場としての環境特性の調査を商圏調査という。実査によって,商店や商店街に対する来店者や来街者の居住地を知ることにより商圏の範囲を測定できる。また,理論的にはライリーW.J.Reillyの小売引力モデル(2都市間の小売吸引力を人口と距離の関係で表したもの)やハフD.L.Huffのハフ・モデル(商業施設の売場面積や所要時間などの指標を用いて,ショッピング・センターを中心にその周辺に位置する消費者のうち何%がそこにひきつけられるかを確率的に示したもの),またこれらを発展させたモデルの適用によって,商圏範囲の設定を行うこともできる。一方,商圏の環境特性を知るには,市場分析によってこれをとらえる。市場分析は,商圏の構造や商圏内消費者の購買行動など市場の特性を明らかにし,商品の品ぞろえやサービスの提供のあり方などの参考とするものであり,同時に販売予測を行うものである。
商圏という概念はおもに流通業において使われるが,社会・経済の発展と成熟化に伴い,各産業で地域市場への取組みが重視されるにつれて,製造業においても使われるようになった。流通業に比べもう少し広い意味で使われる。たとえば,日本全国の都市を相互の販売吸引の大きさ等によって地域分割(それの大きい都市が小さい都市を吸収する形になる)したものを商圏(実際上は商品等の特性により個別に作成することになる)と呼んだり,自社の支店別販売テリトリーを支店商圏と呼んだりする。なお,消費者の生活環境や歴史的背景,交通機関の制約,人口構造の特性など,消費者の生活空間を基盤として市場の姿をとらえ,地域的に分類してマーケティングに活用しようとする考え方としてマーケティング・マップ(市場戦略図表)がある。全国をいくつかの地域的ブロックとしてとらえ,その中を消費者市場を中心に詳細に分析したものである。
さらに,商圏や地域環境重視の考え方をマーケティングにおいて拡張した概念として,エリア・マーケティングarea marketingがある。これは,マーケティングにおける地域差を考慮し,応用して市場効果を期待するマーケティングの考え方であり,企業の経営活動を,地域という動かしがたい環境条件の上で,風土と人間と歴史によって培われた環境条件を把握し,エリアごとに市場対応の最適性を求め,そこでトータル・マーケティング活動を遂行しようとするものである。マーケティングにおける地域差には,(1)風土・社会環境,(2)生活環境,(3)流通環境,(4)競争環境,(5)経営資源環境の五つがあるとされる。エリア・マーケティングという考え方は日本で発想されたものであり,1968-69年ころから使われはじめたが,とくに80年以降,社会の成熟化と多様化への戦略対応として,本格的に実践されてきている。なお,エリア・マーケティングは,商圏のように流通業関係を中心に使われる概念ではなく,製造業はもとより,流通業でも使われ,全産業的に用いられている。
執筆者:米田 清紀
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
特定の商店、商店街、さらに中心地としての都市の商業機能の勢力、影響の及ぶ地域的範囲をいう。それは、商品やサービスを供給する商店、商店街、都市と、それを入手して生活を営む消費者の双方から形成される。商圏は主として、前者の側にたってみたもので、後者の場合は生活圏とよばれる。なお商業には小売りと卸売りの二つの面があり、それぞれ卸売商圏、小売商圏とよばれるが、現在では一般的に商圏は小売商圏をさすことが多い。それに対し卸売商圏は広い範囲をもち、経済圏とよぶことが多い。なお、商業機能を広義に解釈し、レクリエーション、医療、教育、行政などの各サービスをも含め、サービス圏としたり、都市圏と同義に用いられたりする。
商圏内における商店、商店街、都市など中心的な施設と、それを利用する周辺の消費者との結び付き(依存、指向、連係度または率)は、中心からの距離が遠くなるにつれて弱まり、やがて結び付きはなくなるが、それは中心的な施設の規模の大きさや交通的条件などによって異なる。また最寄品(もよりひん)(日常必需品、低次財)を主とする場合は、商圏は小さく、買回品(かいまわりひん)(高級品、専門品、選好品、高次財)では商圏の範囲は広い。このような階層的な差によって、小規模な低次財中心の商圏は、大規模高次財中心の商圏の中に包含され、重層的構成を示す。現在では、ヒンターランド(後背地)や市場圏も同じような意味で用いられている。
[沢田 清]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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