平安時代の歌物語。10世紀の中ごろに成立し,その後若干の増補が行われたと考えられる。書名の〈大和〉の根拠は不明であり,また作者についても,多くの推定説が提出されているものの現在のところ明証がない。約173段の小話から成り,《伊勢物語》とともに歌物語の代表とされるが,しかし《伊勢》は在原業平に擬せられる一人の〈男〉の一代記的な構成をもっているのに対し,この作品は一貫した主題や中心となる特定の主人公をもたない,雑然とした和歌説話集という体裁である。もっとも前半は宇多天皇の退位の折に伊勢御(いせのご)と歌をとり交わす話にはじまって,この時期の宮廷貴族の歌話が,主題また人物の関係で連想的に配置され,そこに和歌詠作を中心とする風流世界が次々と展叙される趣である。147段以後の後半は,およそ古歌をめぐる伝承説話の収集が主眼となっている。2人の男のはげしい求愛に応じかねて入水する女とその女のあとを追ってともに水死する男たちのことを語る生田川説話,権門の北の方となった女が貧しい蘆刈の男に零落しているかつての夫と再会する蘆刈説話,ほかの女に心を奪われた夫が一途に自分の身を案じて歌を独詠する妻の姿を見て愛を回復する立田山説話等々,多くの伝承がとり入れられて説話集的な性格を呈するに至っている。その地理的範囲も京都畿内を中心に九州から東国奥羽にまで及び,下層民衆の世界にまで取材しているが,各話すべて土俗性をふりはらい,雅趣をたたえた純愛・悲恋の物語となっている。それはすでに地方の民譚をも吸収しつつ貴族社会内部の口承文芸として流伝していた歌語りを基盤としているからであるといえよう。このような《大和》と時期を同じくして歌物語的歌集といわれる《後撰和歌集》や,やはり歌物語的色彩の濃い私家集が数多く編まれていることも宮廷社会の風尚の反映として注目される。この《大和物語》の後半部において,歌が中心というよりも話の筋・趣向,叙述に興味の重点が移っているのは,やがて到来する本格的な散文の物語の時代を予告しているともいえよう。
執筆者:秋山 虔
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平安時代中期の歌物語。作者不明。成立は951年(天暦5)ごろ現存本168段あたりまでほぼ成立、以後『拾遺集(しゅういしゅう)』成立(1005ころ~07ころ)ごろまでに169段から173段まで、および他にも部分的な加筆があるらしい。内容は173段にわたる歌語りの集成であるが、単なる機械的な打ち聞き記録の域を超えて、虚構ないし潤色とみられる部分も少なくない。陽成(ようぜい)~醍醐(だいご)朝にわたる、僧侶(そうりょ)男女貴賤(きせん)140余名に上る人の歌295首を含み、話題は多様である。前半は当代の宮廷に生まれた歌語りを主とし、後半は、姥捨(おばすて)山、芦刈(あしかり)、立田(たつた)山などの古い伝承が多い。各段の配列に際しては、巻頭に宇多(うだ)天皇に関する説話を置くなど、身分本位の古代説話集の部類方法に通ずるところもあり、また勅撰(ちょくせん)歌集に似た部類意識もないわけではないが、全体としては、登場人物による取りまとめ、素材の類似性、語彙(ごい)の共通性など、かなり自由な連想作用によって、章段と章段とは連接されている。全編にわたる主題的統一性は微弱で、一見無秩序にみえるが、こうした連鎖的構成がその雑纂(ざっさん)的形態を支えている。また、先行する『伊勢(いせ)物語』の影響下にあるものの、それにあった強烈で純粋な叙情性は薄く、世俗的なゴシップの次元に密着しており、当代の文芸の平均的な実態を伝える点が多い。
伝本は、二条家本系統と六条家本系統とに大別される。前者に属する弘長(こうちょう)元年(1261)写の藤原為家(ためいえ)筆本が最善本とされており、従来流布した定家(ていか)本もおおむね二条家本である。
また六条家本では、九州大学図書館蔵勝命(しょうめい)本は、為家本と同じころの写にかかるが、134段以降の零本(れいほん)であり、近世初期写の御巫(みかなぎ)本・鈴鹿(すずか)本もこの系統といわれるが、勝命本との間にはかなりの異同がある。
[今井源衛]
『阿部俊子著『校本大和物語とその研究』(1954・三省堂)』▽『柿本奨著『大和物語の注釈と研究』(1981・武蔵野書院)』▽『阿部俊子・今井源衛校注『大和物語』(『日本古典文学大系9』所収・1957・岩波書店)』▽『高橋正治校注・訳『大和物語』(『日本古典文学全集8』所収・1972・小学館)』
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平安時代の歌物語。作者・成立年未詳。951年(天暦5)頃成立,1000年(長保2)頃増補か。173段・歌数295首(定家本系)からなる。当時流行した歌語りを採録したもの。142段以前は皇族・貴族・僧侶・女房など実在人物の説話を集め,露悪的な裏話もある。143段以降は古伝承のしみじみとした物語が多い。「日本古典文学大系」所収。
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…アシの名所難波を背景とする夫婦愛を描いた説話。《大和物語》百四十八段にみえるのが古いかたち。ある貧しい夫婦が難波に住んでいたが,男は思いわずらった末に女を京へやり,宮仕えさせる。…
…その多くは純粋な愛情をもととした美しいあるいは激しい行動であるが,ただあくまで都市貴族的な価値観に基づくものであるから,粗野な田舎者を蔑視するなど,普遍的な人間愛とは距離がある。またその表現には,同じく歌物語と呼ばれる《大和物語》の場合のような世俗性,ゴシップ性への密着がみられず,逆にそれらを払拭して,より普遍的感覚的な言葉に置きかえる。業平らしい男の行為を記すに当たって,これを〈男〉,相手を〈女〉と記すのはその端的な表れであり,固有名詞を極度に削り去ることで,詩的な内面化,象徴化を果たしたのである。…
…語彙としては二義あり,一つは早く《栄華物語》(〈浅緑〉)にもみえ,歌にまつわる小話の意で,当時〈うたがたり〉と呼ばれた口承説話とほぼ同一内容のものと思われる。二つは近代に入ってからの新しい用法で,《竹取物語》《宇津保物語》などを〈作り物語〉と古くから呼んできたのに対して,《伊勢物語》《大和(やまと)物語》《平中(へいちゆう)物語》の三つを新しく区別して呼んだのであり,文学史記述の便宜から生じた用語である。現在ではこの第二義の面で論じられることが多い。…
…兵庫県六甲山南麓菟原(うはら)の地(現,芦屋市周辺)に住んでいたという美少女。万葉歌人高橋虫麻呂,田辺福麻呂(さきまろ),大伴家持に歌われ(巻九,十九),後世《大和物語》147段,謡曲《求塚(もとめづか)》,森鷗外の戯曲《生田川》にもなった妻争い伝説の女主人公である。慕い寄る男たちの中でとりわけ執心なのが菟原壮士(うないおとこ)と和泉国の智弩壮士(ちぬおとこ)だった。…
※「大和物語」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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