元来は,天上界から地上界に降りることをいうが,転じて,天下りないし天下り人事とは,上層部で勝手に人事を決め,強制的に下に押しつけること,また公務員が民間会社などの重要な地位に横すべりすることを意味する。後者の意味での天下りの大半は,官庁による一方的な押しつけという面をもつが,同時に受入れ側も天下り官僚を受け入れることによってメリットを得ようとしている面も見落とすことはできない。今日,各国において行政の介入は広範に行われており,多くの国々で天下り現象がみられるが,その現れ方は,各国の政治,行政,経済等の構造や特性によって一様ではない。たとえば,アメリカにおいては,軍需産業を除いて,公務員が産業界に天下ることはまれであり,元国会議員が有力企業に受け入れられるケースのほうが多いという。イギリスでは,最近でこそ高級公務員の天下り問題が取り上げられるようになったが,60歳が退職の基準年齢であり,退職後年金等により悠々自適の生活に入るケースが多かった。しかし日本では,キャリア組と称される高級公務員がきわめて速いスピードで昇進し,50歳前後で退職していくという〈若年定年制〉をとっているため,再就職が大きな問題となる。また明治維新以来,官僚主導のもとに〈近代化〉が進められてきたので,官界から産業界などに天下るケースが多かった。第2次大戦後においても,中央官庁が財源,権限を握り,また行政指導という形での介入も広く行われているので,企業がこれにスムーズに対応するためには,天下り官僚を受け入れることが好都合である。また大口発注先である各省庁とコネをつけ,将来の情報収集のためにも,天下りを積極的に受け入れる企業もある。
こうして今日,多様な天下りの形態を指摘できるが,とくに問題となるのは,中央省庁の高級官僚がその地位を利用して行う場合で,典型的には三つのパターンに分類できる。(1)大蔵,通産,運輸,建設などの各省高級官僚が民間企業や業界団体の主要ポストに就くこと。(2)高級官僚が公社,公団,事業団等のいわゆる特殊法人の役員に就任すること。(3)自治省などの中央省庁から地方自治体への幹部派遣。このような官僚の天下りは,政治と行政をゆがめる可能性をはらんでおり,官庁と企業の癒着,特殊法人の運営をめぐる監督官庁とのなれあい,地方自治体に対する中央統制の強化などの諸問題を生み出しやすい。天下りに対する法的規制としては,国家公務員法103条に〈職員は,離職後2年間は,営利企業の地位で,その離職前5年間に在職していた人事院規則で定める国の機関と密接な関係にあるものにつくことを承諾し又はついてはならない〉と規定されているが,〈所轄庁の長の申出により人事院の承認を得た場合には,これを適用しない〉こととされている(なお,人事院は同条の規定に基づき,1963年以来毎年,国会と内閣に人事院の承認を得て営利企業に再就職した実態を報告している)。しかし,その運用において,人事院の基準はかなり甘いといわれており,またこの規定が営利企業以外の特殊法人などへの天下りはまったく禁止していないところに問題がある。第2次臨時行政調査会も特殊法人の役員の任期制限や特殊法人相互間のたらい回し的異動の取りやめなどを提案している。また81年に公務員の60歳定年制法案(1985施行)も成立したので,〈若年定年制〉に伴う問題も今後若干変化していくと思われる。
執筆者:君村 昌
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国家公務員が退職後、在職していた府省と関係の深い民間企業や独立行政法人等に再就職すること。国家公務員の昇進管理は将棋の駒(こま)の形にたとえられる。府省庁別に同期入職した幹部候補の、いわゆるキャリア公務員は、おおむね40歳くらいで課長職まで同時昇進するが、その後昇進ポストは狭まり、勧奨退職に応じた者は外部へ出る。外部とは在職していた府省の関係の深い独立行政法人、特殊法人等や民間企業で、これが天下りである。この天下りを繰り返すのが「渡り」であり、再就職先を退職するたびに高額の退職金を受け取ってきたもので、こうした慣行が強い批判にさらされた。
2009年(平成21)に「天下りの根絶」を公約した民主党を中心とする政権が発足、閣議で天下りあっせんを全面禁止することが決定され、退職後管理の一元化等、法整備が進められている。また、天下りの縮小は在職者の滞留となるため、2011年度の国家公務員採用数を削減した(2009年度採用実績数の4割減)。
なお、地方公務員についても同様の問題があるが、対応は自治体に任されている。
[辻山幸宣]
『中野雅至著『天下りの研究――その実態とメカニズムの解明』(2009・明石書店)』
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(新藤宗幸 千葉大学法経学部教授 / 2007年)
(北山俊哉 関西学院大学教授 / 笠京子 明治大学大学院教授 / 2007年)
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…前者については,国家公務員の場合,違反行為に対して刑事罰が科せられているのに対し,地方公務員についてはそのような罰則は科せられていない。後者についても,地方公務員についての制約は限定的であるのに対し,国家公務員に対しては,離職前5年間に在職していた職務と密接な関係にある営利企業への就職などいわゆる〈天下り〉の厳重な規制が加えられているのである。国家公務員の場合,多くの許認可権などを有し公権力の行使が広範に及ぶからであろう。…
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