多数の労働者の分業と協業とを不可欠の要素とする今日の企業活動においては,経営の効率的運営を図るためには職場規律の維持・確保が重要である。このため使用者は,労働者が順守すべき職場規律を定めるとともに,賃金,労働時間等の労働条件についても統一的・画一的処理を図ることが必要となる。このような目的から使用者が設定する職場規律や労働条件に関する諸規則を一般に就業規則と呼ぶ。こうした就業規則は,労働協約とは異なり使用者が一方的に作成するものであり,また実際上も労働条件をはじめ広く労働者の待遇全般に対し重大な影響を及ぼしうるものであるところから,労働基準法はこれについて詳細な規定を設けている。
常時10人以上の労働者を使用する使用者は就業規則の作成義務を負う。作成にあたって使用者は,当該事業場に労働者の過半数で組織する労働組合がある場合にはその労働組合,またかかる組合がない場合には当該事業場に働く従業員の過半数を代表する者の意見を聞き,その意見を記した書面を添付したうえ,これを行政官庁(労働基準監督署長)に届け出なければならない(労働基準法89条1項,90条1,2項)。加えて,使用者はこのようにして作成した就業規則を,常時,各作業場の見やすい場所に掲示するか備えつける等の方法で労働者に周知させる必要がある(106条1項)。以上の意見聴取,届出そして周知の各義務を怠った使用者には刑事制裁(罰金)が科せられるが,実際にこうした手続上の要件を欠いて作成された就業規則が無効となるかどうかについては見解が分かれている。
労働基準法は,就業規則に記載すべき事項について,これを絶対的必要記載事項と相対的必要記載事項とに分けて定めている。絶対的必要記載事項とは,使用者が就業規則の内容として記載すべきことを義務づけられた事項で,これを欠く場合には就業規則とは認められない事項をいう。具体的には,(1)始業および終業の時刻,休憩時間,休日,休暇,また労働者を2組以上に分けて交替に就業させる場合においては就業時転換に関する事項,(2)賃金の決定,計算および支払の方法,賃金の締切りおよび支払の時期ならびに昇給に関する事項,(3)退職に関する事項,がこれに該当する。次に相対的必要記載事項とは,これを欠いてもかまわないが使用者が当該事業場において労働者に適用するために定めをする場合には必ず就業規則に記載しなければならない事項をいう。これには,(4)退職手当その他の手当,賞与および最低賃金の定めをする場合には,これに関する事項,(5)労働者に食費,作業用品その他の負担をさせる定めをする場合には,これに関する事項,(6)安全および衛生に関する定めをする場合には,これに関する事項,(7)職業訓練に関する定めをする場合には,これに関する事項,(8)災害補償および業務外の傷病扶助に関する定めをする場合には,これに関する事項,(9)表彰および制裁の定めをする場合には,その種類およびその程度に関する事項,そして(10)前各号のほか,当該事業場の労働者のすべてに適用される定めをする場合には,これに関する事項,が含まれる。なお使用者は,賃金,安全衛生,災害補償および業務外の傷病扶助に関する事項については,おのおの別に規則を定めることができ(89条2項),また以上の事項に該当しない事項であっても,これらを就業規則中に定めることはなんら差し支えない(これを任意的記載事項という)。
就業規則は労働関係の場において使用者・労働者間に権利義務関係を設定する効力を認められているが,そもそも就業規則にかかる効力を認めうる法的根拠は何か,換言すれば就業規則の法的性質いかんということについては,学説,判例ともに見解が大きく対立している。おおむね,次のような説が見られる。
(1)契約説 就業規則の法的性質を契約と理解したうえ,これが労使を拘束するのは,労働契約締結時に労働者がこれに明示もしくは黙示の同意を与えることによってこれが労働契約の内容になるからである,とする立場である。この立場によると,就業規則は基本的には労働契約のひな型ないしは事実上の基準にすぎないものとして理解されることとなる。なお,この立場のなかには労働関係一般において労働契約の内容については〈就業規則による〉という〈事実たる慣習〉(民法92条)が存在し,労働者が個別的に,もしくは労働組合を通じて反対の意思を表明しない限り就業規則が労働契約の内容となると説くユニークな見解(事実たる慣習説)がある。
(2)法規範説 就業規則は,これに対する労働者の意思いかんにかかわらずそれ自体の効力に労働関係を規律する法規範としての効力を有すると説くのが法規範説である。しかし,この立場にも法規範性の生じる根拠をどこに求めるかにより,これを使用者の経営権に求める説(経営権説),就業規則を経営内社会規範として法例2条に基づき法的効力を付与される慣習法に準じたものとして取扱われるべき社会自主法であるとする説(社会自主法説ないし法例2条説),労働者保護の見地から労基法が就業規則について法的効力を創設的に付与したものとする説(保護法授権説)に分けることができる。
(3)その他 以上のほか結果的には就業規則の法規範性を肯定するものの,契約的要素をも重視することによって個別労働契約の内容となる労働条件に関する限り,使用者は労働者の集団意思による同意を得て就業規則を作成・変更しなければならず,これを得た就業規則が法規範的効力をもつと説く立場(集団的合意説),また就業規則を労働者の個別労働契約の内容となる部分(労働条件部分)と,そうでない部分(服務規律部分)とに分け,前者については労使の合意に基づいて法的効力が認められるのに対し,後者は使用者の指揮命令権に基づき,これを労働者に告知することによって効力が認められると説く立場(根拠二分説)などがある。
就業規則には,これに定める基準に達しない労働条件を定める労働契約をその部分について無効とする効力が認められる(93条)一方,法令または当該事業場について適用される労働協約に反することはできない(92条)。この点に関して,実務上も理論上も重要な問題を提起するのが,使用者が就業規則を労働者に不利に変更したり,また不利な条項を新設したりする場合である。これが労働者を当然に拘束するかということについては,契約説の立場からは,労働者の同意がない限り不利益変更の拘束力はないとの結論を導く。これに対し法規範説の立場からは,結論的には就業規則の不利益変更もそれ自体法規範として個々の労働者を拘束するとの結論が導かれやすい。しかし実際には,種々の理由づけから不利益変更された就業規則の効力を否定ないし制限しようとする。以上に対して根拠二分説の立場からは,不利益変更された就業規則中の当該条項が労働条件部分であるか否かによって,導かれる結論も異なることとなる。
執筆者:奥山 明良
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
工場や商店その他の事業場で労働者の労働条件や服務規律などを定めた経営の規則のこと。近代的な経営体では多数の労働者が就業するため、そこに一定の秩序の維持とそれを確保するための規律および制裁が必要となる。また個別に労働者の労働条件を定めるより、統一的・画一的に定めたほうが便利でもある。こうした要請にこたえるものが就業規則である。
[吉田美喜夫]
このような就業規則はどこの国においてもみられるが、日本についていうと、第二次世界大戦前においては、労使関係が前近代的性格を帯びていたこともあって、就業規則は使用者が一方的に定めていただけではなく、労働者の取締規定的性格が強かった。しかし、当初これに対する法的規制は存在しなかった。就業規則に対して初めて法的規制が加えられたのは工場法施行令(1926)、工場法施行規則(1926)によってであった。しかし、作成義務は50人以上の常用工を雇用する工場に限定されていたし、この義務違反には制裁もなく、さらに労働者の意見を聴取する手続もなかった。
第二次世界大戦後、労働者に対して人たるにふさわしい労働条件を保障することを理念とする労働基準法が制定され(1947)、就業規則に対して新たな規制が加えられることになった。労働基準法によれば、常時10人以上の労働者を使用する使用者に就業規則の作成を義務づけている(89条1項)。「常時」とは常態としてという意味であり、一時的に10人未満になることがあっても作成義務がある。また、パートタイマーや契約社員なども常時使用されていれば含めて計算される。ただし、パートタイマーや有期雇用労働者などについて別個に就業規則を定めることもでき、その場合、パートタイマーや有期雇用労働者の過半数代表者の意見を聞く努力義務がある(パートタイム・有期雇用労働法7条)。また、作成単位と人数計算の解釈には争いがあるが、労働者保護の観点からみて、作成単位は事業場ごと、人数計算は企業単位と考えるべきである。したがって、各事業場ごとでは10人未満でも企業全体で10人以上であれば作成義務はある。そう考えないと、チェーン店などの場合、労働者保護に欠けることになるからである。
[吉田美喜夫]
就業規則を作成する場合、またそれを変更する場合にも、使用者は当該事業場の労働者の過半数を組織する労働組合か、これがない場合には過半数労働者の代表者の意見を聴き、これを記載した書面を添付して行政官庁(所轄の労働基準監督署長)に届け出なければならない(労働基準法89条1項)。現行法は、戦前と違い、労働者側の意見聴取という手続を介在させる点で一歩前進しているが、労働者側の意見が反対意見であっても就業規則の効力になんら影響しないのであるから、実質的には使用者の一方的作成と異ならないという限界がある。しかし、意見聴取や届出、あるいは労働者側の意見書の添付を欠く場合などは、その就業規則は無効と考えるべきである。
[吉田美喜夫]
就業規則を作成する場合、労働基準法第89条第1項は、まず、かならず記載しなければならない事項として、(1)始業・終業時刻、休憩時間、休日、休暇、交替制の場合の就業時転換に関する事項、(2)賃金の決定、計算、支払いの方法、賃金の締切りおよび支払いの時期、昇給に関する事項、(3)退職に関する事項(以上を絶対的必要記載事項という)をあげている。さらに、なんらかの定めをする場合には就業規則に記載しなければならない事項として、(1)退職手当その他の手当、賞与、最低賃金額、(2)労働者に負担させる食費、作業用品その他に関する事項、(3)安全、衛生に関する事項、(4)職業訓練に関する事項、(5)災害補償、業務外の傷病扶助に関する事項、(6)表彰、制裁の種類、程度に関する事項、(7)その他当該事業場の全労働者に適用される事項(以上を相対的必要記載事項という)をあげている。なお、就業規則で減給制裁を定める場合には、その減給は1回の額が平均賃金の1日分の半額を超え、総額が一賃金支払期における賃金総額の10分の1を超えてはならないことになっている(労働基準法91条)。
[吉田美喜夫]
使用者は労働契約の締結の際に労働者に対して就業規則を提示しなければならず(労働基準法15条1項)、また常時各作業場の見やすい場所に掲示するなどして労働者に周知させなければならない(同法106条1項)。
[吉田美喜夫]
就業規則は法令または労働協約に反してはならず、それらに抵触する場合、行政官庁は変更を命じうる(労働基準法92条)。また、就業規則の基準に達しない労働条件を定めている労働契約は、その部分について無効であり、無効の部分は就業規則の基準による(同法93条、労働契約法12条)。このような法令、労働協約、就業規則、労働契約の効力の優劣関係からすると、就業規則の限界を克服し、労働条件を改善するためには労働組合を通じ労働協約を締結する必要がある。なお、就業規則を不利益に変更した場合の効力については、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ当該変更が労働者の受ける不利益の程度その他からみて合理的なものであれば、労働者を拘束する(労働契約法10条)。
[吉田美喜夫]
『花見忠・深瀬義郎著『就業規則の法理と実務』(1980・日本労働協会)』▽『沼田稲次郎著『就業規則論』(1964・東洋経済新報社)』
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…これらの規定に違反して解雇を行った使用者は処罰される(119条1項)。 以上は,いずれも法令による解雇制限であるが,このほかにもいわゆる労使の自主法規たる就業規則や労働協約のなかにも解雇制限規定が置かれることがある。すなわち,就業規則には通常解雇と懲戒解雇を区別しつつ,それぞれについての解雇事由が列挙されているのが一般である。…
※「就業規則」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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