政府高官や裁判官など一定範囲の公職にある者の非行に対し、議会内の弾劾裁判所impeachment courtが裁判手続によって、その責任を問い罷免させることをいう。イギリス中世の王会the king's councilの有した司法的機能にその起源があり、国王の任命した高官の非行を弾劾し、刑罰を科したり罷免するための制度であった。両院制が成立した以降は、下院House of Commonsが訴追を行い、上院House of Lordsが裁判を行うこととなった。議院内閣制への移行とともにその必要性が薄れ、1805年以降は実際には行われていないが、法制度としては存続している。裁判官に関しては、中世において国王の任免権は自由に行使され、裁判官は「善良で大いに気に入っている間」だけしかその地位を保有することができなかった。17世紀における王権の強大化とともにその弊害が顕著となり、共和制時代および名誉革命を経て裁判官の身分保障が強化され、1701年に制定された王位継承法the Act of Settlementにより裁判官の地位は「罪過なき限り続くものとする」制度が確立した。その後、裁判官の身分保障と国会による弾劾裁判の制度は、1875年、1925年の最高法院法に継承されているが、王位継承法以来実際には行われていない。
アメリカにおける弾劾裁判制度は、イギリス法を継承するもので、連邦憲法および諸州の憲法に採用され、公務に就任・在職の資格を剥奪(はくだつ)するもので、下院が訴追し上院が裁判を行うが、刑罰権は行使しない。実際に大統領を含む政府の高官や裁判官が訴追され罷免の判決を受けた例がある。たとえば1974年、ニクソン大統領が弾劾裁判によって罷免されている。
日本では日本国憲法で初めて弾劾制度を定めたが、対象は裁判官のみである。すなわち、議院内閣制の下では、議会による内閣総理大臣の不信任決議、内閣総理大臣による国務大臣の罷免、それに衆参両院における議員の除名などにより、弾劾にかわる機能が存在するため、弾劾の対象を裁判官に限っている。裁判官の身分の保障は憲法第78条によって「裁判官は、裁判により、心身の故障のために職務を執ることができないと決定された場合を除いては、公の弾劾によらなければ罷免されない」とされている。ここにいう「公の弾劾」が憲法第64条により設置される弾劾裁判所の裁判である。
[山野一美]
弾劾裁判については憲法のほか裁判官弾劾法、国会法、裁判官弾劾裁判所規則の定めるところによる。弾劾裁判は、衆参両院より選挙された各10名、計20名の訴追委員により構成される訴追委員会が、罷免の訴追を行うことによって開始される。弾劾裁判所は、衆参両院より選挙された各7名、計14名の裁判員によって組織される。
訴追委員会は、委員会自体が裁判官について罷免事由があると思料する場合、および最高裁判所長官が請求した場合に調査を開始し、訴追は委員会の議決によって行う。弾劾裁判所は、口頭弁論、公開主義をとり、罷免は3分の2以上の賛成を必要とする。また、罷免の宣告をした日から5年を経過した場合は、罷免の裁判を受けた者の請求に基づいて資格回復の裁判をすることができる。
[山野一美]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
イギリスで大臣など高官を訴追するために用いられた制度で,イギリスでは廃れたが,アメリカでは合衆国憲法に大統領以下すべての合衆国文官は反逆,収賄,その他の重大な罪科について弾劾裁判により罷免されるとの規定があり,弾劾裁判(下院が検事,上院が判事,最高裁首席判事が裁判長となる)はときおり行われてきた。大統領で弾劾裁判にかけられたのはアンドルー・ジョンソンとクリントンの二人で,いずれも無罪となったが,ニクソンは下院が訴追を決めたときに大統領を辞任した。
出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報
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