情報社会ともいう。物財、すなわち、物や、資産、資本などの財力にかわって、知識や情報が優位となる社会で、1970年代後半から1980年代にかけて、アメリカ、日本、旧西ドイツ、イギリスなどの先進工業諸国は相次いで情報化社会に移行した。
[安田寿明]
先進工業諸国が工業化社会から情報化社会に移行するという考え方の背後にあるのは、社会の段階的発展説である。つまり人類は、最初の生産手段として農耕技術を手にし、田畑を耕す農業化社会を形成した。ついで産業革命によって、工場生産による豊富な物財を手にする工業化社会への発展を成し遂げた。そしてコンピュータや、電話、テレビ放送などの電気通信技術の発展で、情報を主体とする新しい社会、すなわち情報革命と情報技術による情報化社会に移行していったとするものである。これでもわかるとおり、社会の発展がごく単純に3段階に分類されている。そこから出てきたのがアメリカの未来学者トフラーの「第三の波」説である。第一の波が農業、第二が工業、そして第三の波が情報というわけである。
トフラーの説は1980年代に登場したが、この考え方は1960年代初めに、W・ロストウ、D・ベルなど多くの社会経済学者から提言されていたものでもある。当時は新しい第三の社会のことをポスト・インダストリアル・ソサエティー(脱工業化社会)と定義していた。そのころ日本では、梅棹忠夫(うめさおただお)が『放送朝日』1963年(昭和38)1月号に「情報産業論」を発表し、三段階発展説の所説を展開、『中央公論』1963年3月号に転載されて大反響をよんだ。ついで香山(こうやま)健一(1933―1997)が「情報社会論序説」を『別冊中央公論経営問題特集』1968年冬季号に発表、日本では情報産業という新産業形態の定義が確立し、脱工業化社会とは情報化社会であるとの観念が定着した。脱工業化社会が情報化社会として再定義されたのは、アメリカにあっては1970年代後半になってからであった。
[安田寿明]
これらの日本人研究者の学説発表に呼応して、日本政府は1960年代後半から産業構造審議会を督励し、新しい時代に対応した産業構造再編成への道を模索し始めた。その成果が1970年代の通商産業政策の基本方針として実を結び、日本の産業政策は重大な転換期を迎えることとなった。具体的には、それまでの鉄鋼や石油化学などの重化学工業育成重視の政策ではなく、知識集約型産業構造への転換を打ち出したのである。
知識集約型とはどういうことであろうか。鉄をつくるとか、原油を精製するには、大量の原材料と熱源が必要である。重化学工業は、その意味で、いわば資源・エネルギー集約型産業と考えられる。しかし、その鉄をもとに自動車を組み立てる。しかも、その自動車は単に走ればよいというのではなく、低燃費で性能がよく、故障が少ないものが必要とされる。これを生産するには、優れた技術力と、それを可能にする豊富な知識がなければならない。このように同じ工業製品でも、知識力を背景にした高度技術製品の生産に主力を注ぐ。これを知識集約型産業構造というのである。
そのような知識の蓄積や流通に寄与するものは情報産業である。アメリカでは1960年代の初め、プリンストン大学のF・マハルプが「知識産業」という新しい定義を提案している。知識の生産・再生産・流通にかかわる産業のことである。具体的には、教育、放送、出版業をはじめ、通信、コンピュータ、エレクトロニクスなどの情報関連諸産業が当てはまる。そして、通信とコンピュータを結合し、大量の情報を蓄積、分析して迅速に分配するデータバンクや付加価値通信網(VAN(バン))などの情報産業が、新しいビジネス・ジャンルとして1970年代後半から1980年代全般にかけて急速に成長していった。
重化学工業の時代では、電力とか鉄鋼などの産業が、いわば社会の基盤を支える基幹的存在である。それが知識集約型産業構造の進展に伴って、情報産業が基幹的産業となってくる。このようにして形成される新しい社会を情報化社会というのである。先進工業国のなかでは、日本は知識集約型産業構造への転換を目標に掲げて、比較的に早くこの情報化社会への移行を終えた国の一つである。その成果が、たとえば自動車やカラーテレビジョン、あるいはホームVTRの分野で国際競争力の強い製品の生産に1970年代後半から成功し、1980年代初めには世界市場を制覇するに至った。またLSI(大規模集積回路)や超LSIの分野でも、世界のトップをいくアメリカの実力にほぼ伯仲するまでになり、日本の技術力に対する評価が高まり、1980年代の日本経済発展の原動力となった。しかしながら、学術研究利用に限られていたインターネットが1990年代初めに民間にも開放され、その大衆的普及にいち早く成功したアメリカは、IT(情報技術)という新概念のもと市場経済に情報化機能を導入、1990年代の比類のない経済的繁栄をもたらした。一方、日本はインターネット関連の情報通信機器の生産力ではアメリカと肩を並べるものの、通信網の整備と利用など総合的な情報技術力では遅れをとっており、その整備と充実が今後の課題となっている。ただし1990年代末以降、携帯電話とインターネットを結合したモバイルコンピューティングの分野では、普及率、活用の度合いともに日本は世界のトップを進みつつある。
[安田寿明]
情報化社会で人々の生活がどう変化するか。それを巧みに表現したのがトフラーの『第三の波』(1980)である。彼はこの著書のなかでエレクトロニック・オフィス(電子化事務所)とエレクトロニック・コテージ(電子化家庭)という新しい概念を提案している。電子化事務所というのは、オフィスオートメーション(OA)化された職場のことで、企業情報が各種のコンピュータや情報機器によってシステム化されている。また電子化家庭は、同じく家庭もまた電子情報化されていることをさす。その間を高性能な通信線で結べば、人々はもはやオフィス・ワークを必要とせず、家庭にいながらにして会社の用を足せるというのである。トフラーはこれを在宅勤務telecommutingと定義している。このような考え方はインターネットの大衆的普及によって、ようやく実現可能となり、SOHO(ソーホー)(Small Office Home Officeの略)とよばれる、家庭内のインターネット端末や自宅近くのサテライト事務所で業務をこなす例も珍しいことではなくなった。
また、パソコンやデジタル・テレビ放送など家庭の情報機器を利用して商品データを取り寄せ、手元の情報端末から買い物の発注ができるテレショッピングteleshopping(オンライン・ショッピング)や、医療相談などの案内コンサルティング・サービスをはじめとする各種の生活情報化への活用も現実のものとなった。これらはトフラーの『第三の波』で夢物語として語られていたものだが、インターネットの普及であたりまえのものとなり、インターネットバンキング、代金支払いの電子決済など実用的なものから、遊びや趣味に至る幅広い応用が一般的なものとして受け入れられるようになった。また、ネットワークの発達によって、地域、職域、企業間を問わぬ情報活用体制が確立されている。とりわけ注目されるのは、集団食中毒などでの治療対策情報網、臓器移植情報網など医師間の専門知識の迅速な交換体制などにみられる、医療活動へのインターネットの積極的な活用である。
これらを技術的に実現するため、1980年代以降、企業にあってはOA化推進のための情報機器や技術の開発、LAN(構内情報通信網)の整備が進められた。一方、家庭にあってはパソコンなど生活情報機器の普及とその活用技術の開発、また、情報交流を円滑化するためのINS(高度情報通信システム)などの通信網高度化計画が推進されていった。1990年代以降、情報通信網の整備はインターネットを基幹として考えられるようになり、通常の電話線で高速大容量通信が可能なISDN(統合サービスデジタル網)やADSL(非対称デジタル加入者回線)などの実用化をはじめ、一般家庭への光ファイバーの普及やデジタル衛星放送、CATV(有線テレビ)などの活用が進められている。
[安田寿明]
工業生産力が増大し、技術が高度化すると、それに伴って管理と制御の面が肥大化する傾向がある。すなわち管理や制御機構の効率化を図るというのが情報化のねらいの一つでもある。そこから生まれた情報技術を、家庭をはじめとする生活の場にも応用し、人々の暮らしを物質的だけでなく精神的にも豊かなものにしようというのが情報化社会の理念でもある。こう考えると、情報化社会はまさにユートピアの理想でもあるが、その背後には、やはり落し穴があることにも留意しておかなければならない。
情報化社会の危険な側面として早くから指摘されていたのはプライバシーの侵害である。それも、権力機関によるものよりも、商業主義的な情報産業の無差別なプライバシー侵害が心配されている。たとえばインターネットで買い物をしたとしよう。そのデータはそのつどコンピュータに蓄積され、過去の資料や、代金決済記録と照合される。やがて、その家庭の家族構成や資産能力などが類推できるようになる。こうしたことが可能になるのが情報化の威力でもあるが、そうした資料が分別なしに活用されるようになると恐ろしいことになる。すでにダイレクト・メールの山にさらされる人や、のべつ幕なしのセールス電話や電子メールに悩まされる人も多くなってきているが、これも情報化の弊害の一つである。
また情報化の進展に伴い、高性能なコンピュータがだれでも操作できるようになった。その結果として問題が出てきたのがコンピュータ犯罪である。これの古典的なものとしては、コンピュータ室に忍び込み、データや情報を改竄(かいざん)したり破壊するなどの犯罪がある。さらに、技術が高度化するにつれ、通信線を介して、場所や人間を特定できない何者かからのコンピュータシステムへの侵入が心配されるようになった。とりわけ、犯意はなくとも単なる技術的興味から他人のシステムに接続し、いたずら半分に重大な障害を与えるケースも多い。こうした犯罪者をハッカーhackerという用語で定義しているが、彼らによる被害は国境を問わないことに特徴がある。そこで、1990年代後半からは先進7か国にロシアを加えたG8(8か国主務官庁会議)での協議のもと、各国はそれぞれサイバーテロ(インターネットなどの情報インフラに対する大規模な破壊活動)などの情報犯罪対策に取り組むようになった。日本でも、2000年(平成12)に約20の中央省庁のシステムがハッカーに不正アクセスされ、内部の情報が書きかえられたり、消されたりという事件がおこった。ネットワーク上の取引の普及に伴い、他人のID(認証番号)やパスワードの悪用、システムに侵入してデータを破壊するなどの犯罪が後を絶たず、2000年2月には不正アクセス禁止法が施行されるなど、こうしたハイテク犯罪に対する情報セキュリティ確立のための法律整備が図られている。
犯罪ばかりでなく、情報化社会の特徴は、あふれんばかりの情報がしごく手軽に入手できることである。それだけに、それらの価値判断や取捨選択(情報リテラシー)は重要な問題となってくる。情報化が進展すればするほど、個人としての主体性の確立が要求されるのである。また、情報リテラシーを保有する人を情報富者、そうでない人を情報貧者と定義し、両者の格差をデジタル・デバイドdigital divideと称して新たな差別の発生に警鐘を鳴らす向きもある。
[安田寿明]
『YTV情報産業研究グループ編『日本の情報産業』全3巻(1975・サイマル出版会)』▽『A・トフラー著、徳山二郎・鈴木健次訳『第三の波』(1980・日本放送出版協会)』▽『平野龍一他著『東京大学公開講座39 情報化と社会』(1984・東京大学出版会)』▽『増田米二・正村公宏著『高度情報社会は人間をどう変えるか?』(1984・TBSブリタニカ)』▽『公文俊平著『ネティズンの時代』(1996・NTT出版)』▽『青木保・梶原景昭他編『情報社会の文化』全4巻(1998~1999・東京大学出版会)』▽『名和小太郎著『デジタル・ミレニアムの到来――ネット社会における消費者』(1999・丸善)』▽『山下栄一・井上洋一著『情報化社会と人権』新版(2000・明石書店)』▽『木村忠正著『デジタルデバイドとは何か』(2001・岩波書店)』▽『宮尾尊弘著『日本型情報化社会――地域コミュニティからの挑戦』(ちくま新書)』
コンピューターによる迅速な情報処理と,多様な通信メディアによる広範な情報伝達によって,大量の情報が不断に生産,蓄積,伝播されている社会をさす。通信技術とコンピューターの飛躍的な発達を背景として,1960年代後半ころから日常的にも広く用いられるようになった。〈情報社会〉ともいう。物質やエネルギーの変形・処理を主要な産業とする工業社会の後に到来する社会という意味での〈脱工業社会post-industrial society〉と,概念的にほぼ同義である。つまり,工業に代わって,情報の操作によって付加価値を生産する産業(知識産業や情報産業)が,GNP(国民総生産)の比率や産業従事者数などの面で,比重を大きくしていく社会である。また,人々の日常生活のなかで,情報に対する要求が強まり,情報メディアに接触する時間量が増大し,意思決定や適応行動にとって情報の重要性がますます大きくなるなど,一般に情報への依存度がきわめて高い社会である。
情報化社会の発展は,社会にさまざまな利便をもたらし,人々の生活を快適なものにしていく可能性をもつ。潤沢な情報の存在とその効率的な処理は,原理的には最適の判断をもたらす条件となるはずだからである。しかし,情報化社会には次のような深刻な問題もある。第1に,人々がしっかりとした選択能力をもたないと,過剰な情報に振り回されて適切な判断ができず,かえって混乱におちいる危険がある。第2に,量的には豊富に情報が存在していても,具体的な意思決定にとって有用な情報が不足しているという,質的貧困状態がしばしばみられる。第3に,コンピューターや通信メディアのごく部分的な事故が,社会全体に機能麻痺をもたらしかねない脆弱性を内包している。第4に,大きな組織や権力機構が情報を秘匿したり故意に歪めたりするいわゆる情報操作によって,人々の環境への適応行動を誤らせる危険が大きい。企業や行政に対する情報公開要求は,こうした危険に対する防衛の意味がある。第5に,個人に関する情報が本人の知らない間に不当に利用され,プライバシーを侵害する危険も小さくない。クレジット・カードのシステムや行政事務のコンピューター化などには,便利さとプライバシー侵害の危険性とが同時併存している。
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執筆者:竹内 郁郎
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
(野口勝三 京都精華大学助教授 / 2007年)
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