紙を抄(す)く機械。金網(ワイヤ)でパルプの懸濁液(けんだくえき)から湿紙を漉(こ)し取るウェットパート、おもにロールの間で湿紙をプレスして水分の大半を絞り取るプレスパート、加熱したドラム上で乾燥するドライヤーパートの三つの主要部分からなる。抄紙機の発明の目的は、手漉(す)きで行われていたものを、製紙の基本的な工程に沿って、連続的に大量生産することであった。
[御田昭雄 2016年4月18日]
最初に発明された抄紙機は長網(ながあみ)抄紙機である。1798年、フランスの技術者ロベールNicolas Louis Robert(1761―1828)は今日の長網抄紙機を考え出し、翌1799年には特許を取得、模型も創作したが、実用化には至らなかった。この技術は製紙工場の経営者サン・レジェ・ディドーSt. Leger Didot(1767―1829)らに買い取られてイギリスに渡り、富豪フォードリニア兄弟Henry and Sealy Fourdrinierの資金により改良され1808年実用機が完成した。そのため今日でも長網抄紙機はフォードリニアマシンともよばれる。円網(まるあみ)抄紙機はイギリスのジョン・ディキンソンJohn Dickinson(1782―1869)によって1809年に発明された。このように、今日でも世界中の製紙工場で主力となっている抄紙機がきわめて短い期間に相次いで発明されたことは興味深いことである。
こうして抄紙機の発明は紙の生産能力を飛躍的に高めることとなった。そのため原料パルプ(当時は綿ぼろパルプ等の非木材パルプ)の不足は慢性化した。それが数十年後、木材から砕木パルプをはじめとする多くのパルプを製造する技術が一斉に発明される遠因ともなった。
第二次世界大戦後、パルプ工業におきた技術変革に続いて、一大変革期を思わせる新しい形式の抄紙機が生まれた。従来の抄紙機の概念を変える発明が相次いだが、もっとも大きいものはツインワイヤ方式の抄紙機の発明である。これは、従来の抄紙機が網をほぼ水平に動かしながらパルプの懸濁液から湿紙を抄き取っていたのに対して、可動の無端ベルト状にしたワイヤ2枚を1対にして立て、その間にパルプの懸濁液を流して、両面から水を抜き取り湿紙を得るという構造である。ツインワイヤ方式は縦型なので長網抄紙機に比べ床面積が狭くてすみ、ドライヤーパートを広げられるため紙の生産能力をあげることができる。このツインワイヤ抄紙機は大型機の開発が進み、最大規模の抄紙設備として稼動するようになった。抄紙機の生産能力は抄幅と抄速(m/分)と紙の坪量(つぼりょう)(紙の面積当りの重量、通常1平方メートル当りのグラム数)の積で表される。したがって各社は生産性をあげるために、大型の抄紙機を設備して抄幅を広げ、抄紙スピードをあげて生産量を増やし、生産コストを引き下げることに努力が払われてきた。
さらに製紙技術に大きな影響を与えたものとしては、プラスチックワイヤの発明があげられる。抄紙機のウェットパートの主要部分は湿紙を形成させる網であり、かつてはブロンズ(青銅)またはステンレス製の針金で織っていたのでワイヤとよばれていたが、その後はほとんどプラスチック製の糸で織られた網になった。プラスチックワイヤは金属ワイヤに比べ寿命が約3倍も長く、汚染に強く、他のワイヤと交換の際折れ目がつきにくいなどの利点がある。
これらの新しい抄紙技術の登場がふたたびパルプの大量消費をよび、原料となる木材の需給に深刻な影響を与えれば、これまで100年以上続いた従来のパルプ化技術に大きな変革を促すとともに、古紙パルプおよび非木材パルプの製造技術革命を促す発明が続出することも予想される。
[御田昭雄 2016年4月18日]
抄紙機として初めて世に出たのは長網抄紙機であったが、種々の要求にこたえてさまざまな抄紙機が生まれた。抄紙機の特徴はとくにウェットパートとドライヤーパートの違いに表れる。一般には長網抄紙機、円網抄紙機、ヤンキーマシン、ツインワイヤ抄紙機その他に大別される。
[御田昭雄 2016年4月18日]
長網抄紙機のワイヤパートは、幅広の長いワイヤを無端ベルト状にして水平に動くようにできている。その上にパルプの懸濁液を流してパルプを漉し取り、湿紙を形成させる。長網抄紙機のドライヤーパートは、数十本の加熱された回転ドラムからなる。湿紙はプレスパートで絞られ、ドライヤーパートで乾燥され製品となる。長網抄紙機は大量生産向きで、得られる紙は抄きむらが少なく縦横の強度差が少ないため、かつては新聞用紙等各種印刷用紙、重包装用クラフト紙等各種産業用紙の製造に広く用いられていた。
[御田昭雄 2016年4月18日]
円網抄紙機のワイヤパートは、パルプ懸濁液を入れる槽と円筒状の籠(かご)の表にワイヤを張った円網とからなり、円網の一部を槽のパルプ懸濁液に一部沈めて回転させると、ワイヤでパルプは漉されて湿紙が円網の外側に形成される。形成された湿紙は無端状につないだ毛布に移されプレスパートで絞られて、数十本の加熱可能な回転ドラムからなるドライヤーパートで乾燥され製品となる。円網抄紙機で抄かれる紙の強度は縦方向にとくに大きく、紙テープや紙紐(かみひも)用に適している。また円網抄紙機では湿紙を形成させる槽を2~8槽程度に増やすことや、原料パルプを各槽でかえることが可能なため、ワイヤパートから送られた複数の湿紙をプレスパートで絞って1枚の多層構造をもった湿紙にすることができる。また外側の層にはバージンパルプを、内側の層には安価な再生パルプを使うこともできるので、多層抄きの板紙を安く大量生産するのに向くとして広く使われている。
[御田昭雄 2016年4月18日]
ヤンキーマシンは、ドライヤーパートが1本の大きな加熱可能な回転ドラムで構成される簡易な抄紙機で、ウェットパートが円網の円網ヤンキーマシンと、短い無端ベルト状のワイヤからなる短網ヤンキーマシンとがある。短網ヤンキーマシンで抄造される紙は円網ヤンキーマシンで抄造される紙に比べて縦横の強度差が少ない。また機械の構造から片面に強い光沢のある紙、おもにデパートなどで使われる包装紙や伝票用紙などの薄葉紙(うすようし)を少量生産するのに適する。またクレープ(縮み)をつける装置を有するものをティシュマシンといい、おもに化粧紙やトイレットペーパーの製造に用いる。
[御田昭雄 2016年4月18日]
ツインワイヤ抄紙機のワイヤパートは、上下に立てた一対の無端のワイヤの間にパルプの懸濁液を流して、両面から漉すことによって湿紙を形成させることを特徴としている。プレスパートとドライヤーパートは長網抄紙機とほとんど同形である。パルプの懸濁液を上から下に流す方式の抄紙機としては、バーチホーマがあり、板紙の抄造に多く使われる。パルプの懸濁液をワイヤとともに下から上に動かしながら湿紙を形成させる方式であるベルベホーマで抄いた紙は、長網抄紙機で抄造した紙に比べて平滑で、表裏の差がほとんどなく、高速で両面印刷が可能であるので、新聞用紙や安価な印刷用紙の大量生産に多く使われる。新聞用紙のほとんどは、ツインワイヤ抄紙機か、長網抄紙機をツインワイヤ抄紙機に改造したもので製造されている。
[御田昭雄 2016年4月18日]
これらの抄紙機のほかに、1台の抄紙機のワイヤパートに円網と長網を有してそれぞれ湿紙を形成させ、一組のプレスパートで水を絞って1枚の湿紙にし、ドライヤーパートに送って乾燥し多層紙にするコンビネーションマシンがある。また強度があり、かつ縦横の強度差の少ない板紙を抄造するため、円網のかわりに幾組もの長網または短網で湿紙を抄きだし、一組のプレスパートで絞って1枚の板紙にして乾燥する方式の抄紙機がある。また多種類のパルプを用い、一つのワイヤパートだけで湿紙の形成を可能とするマルチレイヤヘッドボックスがある。これは数種のパルプの懸濁液を層状にしてワイヤに流し込む方式で、ワイヤが一組ですむ利点があるが、層間がお互いに混ざり合いやすいので、たとえば古紙の再生パルプと白いバージンパルプで白い板紙を抄造する場合に、上に乗せるバージンパルプの必要量が多くなるという欠点がある。
[御田昭雄 2016年4月18日]
『紙パルプ技術協会編・刊『紙パルプ技術便覧』(1992)』▽『紙パルプ技術協会編・刊『紙パルプ製造技術シリーズ6 紙の抄造』(1998)』▽『松本光史著「板紙マシンの最新技術動向」(『紙パルプ技術タイムス』1998年1月号所収・紙業タイムス社)』▽『ダード・ハンター著、久米康生訳『古代製紙の歴史と技術』(2009・勉誠出版)』
連続的に紙を製造する機械で,ワイヤ(金網),プレス,ドライパートからなる。手すきに代わって連続式抄紙機を発明したのは1799年,フランスのロベールN.L.Robertであるが,実用化したのはイギリスのフォードリニアFourdrinier兄弟で,ドンキンB.Donkinの技術的援助で1804年に今日のものに原理的に近い抄紙機が作られた。水平に置いたエンドレスのワイヤにパルプ懸濁液を流し,ワイヤが移動する間に脱水してシートを作るので,これを長網抄紙機といい,発明者にちなんでフォードリニアマシンともいう。それに対しワイヤを円筒形の枠に張りパルプ懸濁液の中で回転させて円筒内に水を吸引することによってワイヤ上に紙層を形成する抄紙機を丸網抄紙機という。丸網抄紙機はディッキンソンJ.Dickinsonが1809年にイギリスの特許をとっているが,その2,3年前から実用に供していた。長網抄紙機のワイヤは最近ではプラスチックワイヤにかなり置き換わっている。紙はワイヤに接した面を裏,反対側を表といい,製造原理上必ず表裏差が生ずる。用途によっては表裏差があることは不都合なので,できるだけ両面の性質が同じ紙を作る目的でツインワイヤマシンが発明された。このマシンは2枚のワイヤの間に紙料を流し込み両面から脱水するので,表裏差は少なくなる。いずれの抄紙機もワイヤ上では十分に脱水されないので,ピックアップロールでワイヤからはずされた湿紙はプレスパートで吸水用のフェルトとともに2本のロールで挟んで圧縮し水をさらに絞り取る。2組のプレスロールを通ると水分はようやく50%程度になる。次いで湿紙は乾燥のためにドライパートに送られる。ここでは蒸気加熱した何本ものシリンダーがあり,湿紙は紙とともに移動するカンバスで熱シリンダーに押しつけられ加熱乾燥される。印刷用紙製造などの場合,表面強度を上げるため表面サイジングをするサイズプレスをドライパートの適当な位置に設置している。多筒式ドライヤーのほかに直径の大きな1個のドライヤーで乾燥するのがヤンキーシリンダーである。ティッシュペーパーはヤンキーシリンダーで乾燥して作るが,紙をドライヤーからはがすときクレーピングドクターでかきとるので微小なしわが紙にできる。そのためティッシュペーパーは柔らかな手触りとなる。厚い板紙を作る抄紙機は,何台かの丸網抄紙機と1台の長網抄紙機を組み合わせて,つぎつぎに各シートをすき合わせる。表層に化学パルプを使った白い層を作り,内部の層は古紙を用いるような板紙の製造がすき合せで可能になる。日本に1872年,初めて設立された製紙会社は有恒社であったが,工業的に洋紙を生産したのはイギリスから輸入した長網抄紙機を用いた74年であった。当初は幅150cmの抄紙機で抄紙速度も小さかったが,現在では幅が9m以上,抄速も1000m/minを超えている。抄速は抄紙機の乾燥能力に強く左右されるので,ティッシュペーパーのように薄物では抄速が2000m/min以上に達している。ワイヤの進行方向に繊維が並びやすく,引っ張りながら紙を乾燥するので,紙は縦方向に強く,横方向に引っ張ると破れやすい性質となる。
執筆者:臼田 誠人
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
…一方,紙をすくのは手で行っていたが,1798年フランスのロベールNicolas‐Louis Robertは継目のない布製の網を使って連続的に紙をすく機械を発明した。これが今日の長網抄紙機の原型で,さらにイギリスのドンキンB.Donkinが改良し,ついでフアドリニアー兄弟Henry Fourdrinier,Sealy F.が特許を買って改良し,1807年現在の形に近い抄紙機を作った。そのため今日でも長網抄紙機はフアドリニアーマシンとも呼ばれている。…
※「抄紙機」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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