翻訳|speculation
狭義には,ある時点で購入した財(金融資産を含む)を,異時点間の価格変化から(その財の利用からではなく)利益を得ようとする目的で,他の時点で売却する行為のことをいう。たとえば,日本人が,為替レートの先行きを予想して,ドルを安いときに買って,ドル高になったときにそれを売却して円に換える場合,狭義の投機を行っていることになる。このような投機は純粋な投機と呼ばれることもある。しかし,一般に,価格が時とともに変化すると予想されているときには,人々は,多かれ少なかれ,その価格変化から利益を得ようとするものである。そこで,広義には投機とは,異時点間の価格変化から利益を得る目的で,価格が変化しないと予想されるときとは異なった財を保有すること,と定義される。
たとえば,輸出業者がある期日にドルを受け取ることになっているときに,先物カバー等によって為替リスクをヘッジ(回避)せず,ドル・レートが最も高いときに受取りが予定されているドルを売ろうとしている場合には,広義の投機を行っていることになる。このような投機は広範にみられる現象である。たとえば,都市の農家はしばしば自家消費程度の野菜しか作らず,最大の地代収入をあげるように農地を利用していない。それは,彼らが土地の値上がりによる利益(キャピタル・ゲイン)を期待しているからであろう。宅地造成業者が現に造成中の何倍もの未着手地を保有しているのも,その間の値上がりによる利益を獲得しようとするからである。これらの行動には,安いときに土地を買って高いときに売る,という純粋の土地投機と同じ誘因(異時点間の価格差から利益を得るという)が働いている。
投機は異時点間の価格差に基づく利益と投機に伴う費用とを比較して行われる。先物取引を別にすれば,投機の費用にはつぎの二つがある。第1に金利費用である。たとえば,自己資金で安いと思われるときにドルを買って,高くなったときに売ろうとすれば,その期間に安全な資産(たとえば自国通貨建ての預金)に投資すれば得られたであろう利子を失う。これは機会費用opportunity costと呼ばれる。いま述べたケースで,自己資金でなく資金を借り入れてドルを買えば,借入利子が投機の費用となることは自明である。第2に,財を保有することに伴って在庫費用がかかる。金融資産の場合には在庫費用はゼロと考えてよいが,実物資産の場合には地代その他の管理・維持費用がかかる。このように,実物資産の場合には,在庫費用がかかるので,金融資産の場合よりも価格差による利益がより大きいと期待されないかぎり,投機は行われない。
外国為替や特定の商品(綿糸,ゴム,砂糖,小豆(あずき)など)については,先物(さきもの)市場(先物取引)が存在する。先物市場とは,将来実行される売買を現時点で契約する市場のことをいう。たとえば,3ヵ月先のドルの売買を,一定の為替レート(これを先物レートという)で現在,契約することができる。それに対して,各時点での取引を各時点で契約する市場を直物(じきもの)市場という。先物取引が可能である場合には,つぎのような形の投機が行われる。たとえば,ある人が3ヵ月先のドルの直物レートは,3ヵ月先のドルの先物レート(現時点で決まっている)よりも安いと予想しているとしよう。このとき,彼は先物レートでドルを売却する先物契約を,現在,結んでおこうとするであろう。3ヵ月先に実現する直物ドル・レートが実際に予想どおり安ければ,彼は3ヵ月先の直物市場でドルを買って,先物契約を実行すれば,先物レートと直物レートの差(直先(じきさき)スプレッド)による利益を得る。この場合にはまったく利子費用も在庫費用もかからない。
投機に関しては,投機は一般的に価格を安定化させるか不安定にするか,あるいは,利益を生むような投機で不安定化的なものがありうるか否か,という論争が続けられてきた。投機は安定的であるという主張はつぎのようなものである。投機家が投機によって利益を得るためには,財の価格が安いときに買い,高いときに売らなければならない。したがって,投機利益を生むような投機は,投機がなかったならば,より安くなったであろう価格を引き上げ,逆に,より高くなったであろう価格を引き下げるので,価格を安定化させる。一方,誤った判断を下した投機家は,損失を被って市場から退去しなければならないから,長期的には,利益をあげる投機家のみが市場に残るので,投機は価格安定化的に機能する,と主張されるのである。
投機が価格安定化的であれば,投機は異時点間の資源配分を改善するように作用する。たとえば,投機家が将来におけるある原料の生産の減少,したがって価格騰貴を予想して,その原料を現在買い付けて在庫として保有する場合を考えてみよう。この投機家の予想が的中すれば,価格が騰貴した時点での原料供給が増加し,価格が低下することによって,最終的には,その原料を用いて作られる製品の消費者たちの効用が高まる。
しかし,現実には,投機家の予想がはずれることも,しばしば起こるし,そのような投機家が,必ずしも市場から追い出されてしまうとはかぎらない。さらに,新しい投機家が容易に参入しうるような市場では,新規参入者が損失を被るような投機を行う可能性がある。このような場合には,長期的にみても投機が価格を安定化するように作用するとはいえないのである。
執筆者:岩田 規久男
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もともとは機会に乗じること、確実な成算のない偶然的事象によって損益を生じる極端な冒険的行為をいうが、経済用語としての投機は、思惑によって商品、有価証券等の市価(相場)の変動から生じる差益の獲得を目的として行う取引行為をいう。思惑とは、市価の値上りまたは値下りを見込むことをいう。類似の対応用語に、投資investmentがある。投資は、反対給付として果実(利子、利益)を得ることを主目的とする点で投機と異なるが、現実に投資と投機を区別することはきわめて困難である。投機の対象は、価格が変動し、しかもその見通しのたてにくいものであればなんでもよく、繊維、穀物、貴金属、株式、外国為替(かわせ)などはその典型である。日本では、国土条件から土地が有力な投機対象になる。投機取引では市価の下向きを予想する者が売り方となるが、これを思惑売り、弱気、売り越しという。これに対し、市価の上向きを予想する者は買い方となり、これを思惑買い、強気、買い持ちという。投機は、売買差益をねらう点では一般商品売買と同じであるが、物品そのものの売買を目的とする実需取引と異なり、市価変動の結果としての差益(差損)を清算して取引を終了させるところに特色がある。思惑が狂った場合を思惑はずれという。投機取引は、先物(さきもの)取引または先物売買によることが多いので、思惑はずれによる危険を避けるため、掛けつなぎ(ヘッジング)をする。
[森本三男]
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…ただ投資家の性格や資金の内容,量によって投資対象が限定されるため,リスクの少ない安全性の高いものを選び,中・長期的な値上がり差益をねらって投資することもある。また株式投資の場合,投資期限を定められた信用取引やきわめて短期間で値ざやをかせごうとするやり方は〈投機〉といい,それだけリスクが多く安全性が低くなり,思惑どおりいかなかったとき,大きな損となる。機関投資家や法人の株式投資は政策投資と純投資に分かれ,政策投資は会社乗っ取り,事業または融資系列の強化,株式安定工作などを目的として株式を取得する投資で,純投資は株式の配当と値上がり差益の取得を目的とした投資である。…
…商品や有価証券(主として株式)を,実需や中長期の投資目的に基づく売買ではなく,売値,買値の価格差金を目的として,投機的に売買し,その差金で生計をたてることを職業とする者をいう。多くは,清算取引や信用取引なども利用し,多額の売買をする。…
※「投機」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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