特定の個人,集団または階級が,権力を集中・独占して支配する政治形態。広義には,他人の意見を聞きいれず一人でものごとを決める意で,企業内(〈社長の独裁〉)や集団内(〈町内会長の独裁〉)で用いられることがあるが,それは政治用語から派生した比喩的用法である。類語として専制政治despotism,オートクラシーautocracy,暴政・僭主政tyrannyなどがあり,日本語の独裁はこれらの意味を含み,despotism,autocracy,tyranny等も独裁と訳される場合がある。政治学用語としては,専制政治が少数者の恣意にもとづく政治であるのに対して独裁は大衆の支持ないし参加を背景にもつものとして,オートクラシーが立憲制や権力分立に対置される統治方法概念であるのに対して独裁は自由主義や民主主義と対置される体制概念であるとして,また,僭主政がアリストテレスなどにおいて君主政に対比され,その堕落形態とされるのに対して独裁は古代ローマに発し現代にいたるさまざまな政治体制に適用可能であるとして,区別される場合がある。しかし,これらの区別自体も学説的に分かれるところであり(とくに専制政治との区別),これを論じた書物も数多い。
歴史上の独裁は,個人の名前と結びつけられることが多く,古代ローマのカエサル(シーザー),中国の秦の始皇帝,イギリス清教徒革命時のクロムウェル,フランスのナポレオン,ナチス・ドイツのヒトラー,ソ連のスターリンなどがその例である。同時に,カエサル独裁以前のカエサル,ポンペイウス,クラッススの三頭政治,フランス革命のジャコバン党,ドイツのナチスやソ連のボリシェビキ党=共産党など,グループや政党と結びつけて独裁が語られる場合もある。マルクス主義においては,資本主義社会における政治はたとえ民主主義形態をとっていてもその本質は少数のブルジョアジーの独裁であるが,社会主義社会は多数者である労働者階級の独裁=プロレタリアート独裁であり,真の民主主義である,とする階級独裁理論がとられてきた。
独裁dictatorshipの語自体は,古代ローマのディクタトル(独裁官)の制度にはじまる。共和政初期のローマでは,王政以来の立法機関としての民会・元老院のもとで,平時には2名のコンスルが任期1年で政務をつかさどり相互に職務を牽制しあうことになっていたが,貴族と平民の対立や外敵とかかわる非常時には,1名のディクタトルが任期半年で統治にあたることとされていた。このディクタトルは,もともと王政時代の軍長官から発達したもので,非常時軍政的性格をもっていた。共和政末期には,貴族の元老院に対抗してつくられた平民会の議長であり護民官であったグラックス兄弟の平民的改革の反動として,貴族派の軍人スラがディクタトルとなり,さらにその後のカエサルにいたっては終身ディクタトルとして全権力をにぎり,共和政崩壊の一因となった。このローマのディクタトル制は,(1)2人制コンスルの平時の支配に対する非常時における1人支配(少数者への権力集中),(2)共和国防衛という至上の目的に従属する手段的性格(背景としての公共目的・大衆支持),(3)非常時終了後に平時への復帰を想定する臨時的性格,という点で独裁概念の原型を提供している。同時に,この手段的性格,臨時的性格が,やがて自己目的化し恒常化して私的で恣意的な専制政治一般に転化していったという点でも,独裁のメカニズムを示している。
ワイマール期ドイツの政治学者C.シュミットは上記の(2)(3)に着目し,独裁を専制政治と区別する特徴を,〈具体的例外性konkrete Ausnahme〉に見いだした。すなわち,独裁官は非常事態における法秩序の侵犯者としてあらわれるが,この侵犯は現行法秩序そのものを防衛するための形式的法規範の侵犯であり,この侵犯によりかえって法そのものは実現される,とする。特定の具体的な目的のために,例外状態としてみずからを規定するところに独裁の独裁たるゆえんがある,というわけである。シュミットはさらに,現行法秩序が危機にさらされたときにその形式的効力を一時停止し合法的に独裁が成立する〈委任的独裁kommissarische Diktatur〉と,人民主権を前提として現行法秩序をあるべき理想的法秩序におきかえる〈主権的独裁souveräne Diktatur〉とを区別した。〈委任的独裁〉は,〈非常大権〉にもとづく〈立憲的独裁〉であり,ワイマール憲法第48条の非常時独裁権はその例である。この条項にもとづいてのちにヒトラーは合法的に権力を掌握し,ナチス・ドイツが成立した。〈主権的独裁〉は,〈革命独裁〉〈超法的独裁〉ともよばれ,フランス革命におけるロベスピエール独裁,ロシア革命におけるボリシェビキ党独裁などが,この類型とされる。
シュミットの国法学的な独裁の類型化に対し,同時代のF.ウィーザーは,〈秩序独裁Ordnungsdiktatur〉と〈革命独裁Revolutionsdiktatur〉とを区別した。〈委任的独裁〉は多くの場合〈秩序独裁〉であり,革命運動の弾圧としてあらわれる点で〈反革命独裁〉である。〈革命独裁〉はシュミットの〈主権的独裁〉に相当するが,反革命勢力を抑圧する必要により独裁となるのだという。またF.ノイマンは〈実力による全政治権力の掌握〉という独裁の政治的実態に即して,軍,警察,官僚,司法等の伝統的支配手段を少数者が集中的に掌握する〈単純独裁〉,個人の大衆に対するカリスマ的声望を背景として成立する〈カエサル的独裁〉,マス・メディアや経済統制を通じて市民の私生活にまで入りこむ〈全体主義的独裁〉を区分する。独裁の社会経済的基盤に注目したG.ハルガルテンは,〈一個人の力ずくの支配であって,支配者の称する天命に立脚し,法律と伝統を共に拒否し,社会危機ないし革命によって行動に駆り立てられた広範な大衆に支持されているもの〉と独裁を定義して,古今東西の独裁を比較検討することにより,(1)貨幣経済の最盛期に伝統君主や貴族の支配に対し新興支配層が勃興してくることから生じる〈古典独裁〉(古代ギリシアの僭主政,古代ローマのカエサル,イギリス革命のクロムウェル,フランスのナポレオン,20世紀ラテン・アメリカ諸国の独裁など),(2)大衆の蜂起を背景とし革命家の委員会が強圧的支配をおこなう〈超革命独裁〉(フランス革命のジャコバンとロベスピエール,ロシア革命におけるボリシェビキとレーニンなど),(3)古典独裁へ対抗して伝統的支配層が組織する〈反革命独裁〉(古代ローマのスラ,20世紀スペインのフランコなど),(4)超革命独裁の脅威のもとで伝統にひきずられた中産階級の大衆運動により組織される〈擬似革命独裁〉(イタリア・ファシズム,ドイツ・ナチズムなど)を類型化した。ここでは,社会構造変化にともなう旧来の支配体制の危機が,独裁成立の要件として着目されている。
このノイマンやハルガルテンの独裁論には,マルクス主義の独裁観が影響を与えている。すなわち,すでに19世紀フランス社会主義の思想家たち(É.カベやL.A.ブランキ)の間には,ルソーの自由擁護のための非常時独裁論やフランス革命時のバブーフの〈平等陰謀〉の思想を受け継いで,〈革命独裁〉〈社会独裁〉のスローガンが流布していたが,K.マルクスは,資本主義から社会主義への移行期における過渡的権力の性格を〈プロレタリアートの独裁〉と規定し,ブルジョアジーの少数者支配に対する多数者人民の支配であるとした。ロシア革命の指導者レーニンは,この〈プロレタリアートの独裁〉を社会主義・共産主義思想の根本概念であるとして,旧支配階級がこれまでのような支配の方法では統治を続けることができず,下層大衆の憤激が高まり大衆の諸活動が広がった〈革命的情勢〉において,労働者階級とその前衛政党は〈直接に強力に立脚しどんな法律にも拘束されない〉独裁権力を樹立すべきだとする,革命論を明確にした。このマルクス主義的独裁概念では,独裁が政治権力の階級的本質を示し,一階級による全政治権力の掌握を示すものであること,この独裁権力は権力一般の死滅にいたる過渡的性格をもつことが示唆されているが,同時に,〈一階級による他の諸階級に対する無制限の権力行使〉〈旧国家権力の粉砕〉という暴力革命的性格をもっていた。また,ロシア革命から発したソ連その他の社会主義国家においては,〈プロレタリアートの独裁〉という階級的本質的性格が,共産党の一党独裁,党指導者の個人独裁としてあらわれ(スターリンの独裁),しかもその過渡的臨時的性格は希薄化して権力維持が自己目的化するという歴史的展開を示した。今日の西欧型共産主義政党(イタリア,フランス,イギリス,日本などの共産党)が〈プロレタリアート独裁〉の語を放棄し,〈労働者階級の政治支配・権力〉などと言い換えているのは,独裁の歴史一般につきまとう,その反民主主義的性格,階級独裁や集団独裁が個人独裁へと転化する内在的メカニズムの問題性の自覚によるものである。
独裁は,大衆の熱狂や〈嵐のような拍手〉を背景として生まれてくる点で,民主主義を基盤としながら民主主義圧殺に通じる鬼子である。憲法上の非常大権や人民投票制など合法的手段を通じても独裁は成立しうる。したがって,自由や民主主義が人類的価値として広く承認された現代においても,独裁の生まれる社会的基盤は失われていない。大衆社会の成立,マス・メディアの発達は,現代的独裁の温床ともなりうることを,ナチズムやスターリン独裁の経験は教えている。ラテン・アメリカ諸国では,しばしばクーデタによる軍事独裁政権があらわれているし,いわゆる発展途上諸国では,国際的格差構造のもとで経済的自立を独裁的に推進する〈開発独裁〉が深刻な問題となっている。にもかかわらず,独裁を防止する手段は大衆的民主主義以外にありえないし,その民主主義の構造を分権化し,大衆の政治的主体性を活性化し持続させる努力以外にありえないであろう。
執筆者:加藤 哲郎
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一人または特定の集団に権力を集中し,多数決制度を無視または形骸化して人民を支配統率する政治形態。専制とまぎらわしい語であり,歴史家のなかでもしばしば混同されている。専制と違うのは,なんらかの形で民衆の実質的支持を持っていることを積極的に主張する点である。独裁は必ずしも民衆の利益に反するとは限らず,たんなる権力の形態である。独裁の起源は古代ローマの共和政のもとで,戦乱など国家危急の際,一人の独裁官に6カ月までの期限をつけて非常の権限を与えたことである。さらに共和政末期には,軍隊の力を背景としてスラ,カエサルなどの独裁者が出現した。ピューリタン革命時代のクロムウェル,フランス革命時代の山岳派は市民革命期の革命独裁を行い,社会主義圏の諸国家もプロレタリアート独裁をはじめ種々の独裁形態を持つ。国民ファシスタ党,ナチ党の政権は危機にある資本主義国家の反動的独裁であった。第二次世界大戦後の第三世界には軍部中心の開発独裁がみられた。
出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報
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