佐賀県北西部、東松浦郡(ひがしまつうらぐん)にある町。1956年(昭和31)有浦(ありうら)、値賀(ちか)の2村が合併して町制施行。町名は玄界灘(げんかいなだ)にちなむ。国道204号が走る。中世松浦党(まつらとう)の有浦、値賀両氏の拠点。東松浦半島の一角、玄武岩の上場台地(うわばだいち)にある。北に外津(ほかわづ)浦、西は仮屋(かりや)湾に臨み、東と南は唐津(からつ)市に接する。乏水性の丘陵、台地には畑、樹園地が多く、ミカン、メロン、イチゴ、トマトなど栽培し、畜産も行われる。2003年(平成15)には中西部の有浦川上流に農業灌漑(かんがい)用の藤ノ平ダムが完成した。タイ、イカ、イサキなどの零細な釣り・網漁業のほか、タイ・真珠などの養殖、アワビ、ウニなどの水揚げもある。1975年に九州最初の原子力発電所が町北西端の値賀崎で運転開始、原電の町として脚光を浴びる。3号機、4号機の増設問題で紛糾したが、3号機は1994年、4号機は1997年に営業運転を開始している。出稼ぎが多く、高校進学率も低かったが、1974年県立東松浦高等学校(現、県立唐津青翔(からつせいしょう)高等学校)を有浦新田(しんでん)に新設した。上場土地改良事業や交通網の整備が進んでいる。玄海国定公園観光ルートの外津(ほかわづ)橋も1974年完成。国指定重要文化財の木造薬師如来坐像(やくしにょらいざぞう)をもつ東光寺(とうこうじ)がある。面積35.92平方キロメートル、人口5609(2020)。
[川崎 茂]
『『玄海町史』上・下巻(1988~1997・玄海町)』
福岡県北部、宗像郡(むなかたぐん)にあった旧町名(玄海町(まち))。現在の宗像市北部地域。旧玄海町は、1955年(昭和30)神湊(こうのみなと)町と田島、池野、岬(みさき)の3村が合併して成立。2003年(平成15)宗像市と合併し、宗像市の一地区となった。離島の地島(じのしま)、勝島を含む。孔大寺(こだいじ)山(499メートル)などの丘陵性山地が広く分布するが、玄界灘(げんかいなだ)に注ぐ釣(つり)川沿いには沖積低地が開け、沿岸には砂丘が発達している。農業が中心で、稲作のほか、ミカン、イチゴ、鶏卵などを産する。沖合いは好漁場で、海女(あま)で有名な鐘崎(かねざき)はフグ延縄(はえなわ)漁業が盛んであり、大島(宗像市)への渡し船が出る神湊は魚料理の旅館が多い。鐘崎には県立栽培漁業センターがある。海上安全の神として知られ、秋季大祭の海上神幸で有名な宗像大社や鎮国寺(ちんこくじ)、国指定の史跡桜京古墳(さくらきょうこふん)などがある。皐月松原(さつきまつばら)は白砂青松の景勝地で、海水浴客も多く、県立少年自然の家があり、玄海国定公園に属する。
[石黒正紀]
佐賀県北西端,東松浦郡の町。人口6379(2010)。東松浦半島の北西部に位置し,玄界灘に臨む。半島は標高100~200mの上場台地と呼ばれる玄武岩性台地で,山間・山麓地帯に集落がある。農漁業が主産業で,農業では米作,ミカン,野菜栽培のほか,畜産などがさかん。漁業ではタイなどの養殖も増えている。北部の値賀(ちか)崎にある九州電力の原子力発電所は,九州での1号機で,1975年から営業運転を開始した。有浦下にある東光寺には重要文化財の薬師瑠璃光如来像がある。海岸部は玄海国定公園に含まれ,外津(ほかわづ)湾にかかるコンクリートアーチ橋外津大橋など名所が多い。
執筆者:松橋 公治
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(正木晃)
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…九州北西部,福岡・佐賀両県の北にひろがる海域。玄海ともいう。西は壱岐水道,対馬海峡東水道で東シナ海に,東は福岡県宗像(むなかた)郡の大島と九州本土(玄海町)との間の倉良(くらら)瀬戸を通じて響(ひびき)灘に,それぞれ接している。…
※「玄海」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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