家計がその生活を営むために必要とする財・サービスを購入する費用。生活費ともいう。生計費は次の三つの側面から分析される。第一に、家計はこの支出を通じて健全な生活水準を維持・向上させるものであるから、国民の福祉測定の面でそれは重要である。第二に、それは主として賃金から支出されるので、賃金水準決定の面で重要である。第三に、それは貨幣支出されるので、消費需要の面で重要である。
家計の支出のうちで、どこまでを具体的に生計費に算入すべきかは前記の視点とも関連したむずかしい問題であるが、通常は可処分所得から貯蓄を引いたものをいう。
生計費の問題が文献上に現れたのは、17世紀初めのイギリスで、インフレのため法定最高賃金を引き上げざるをえなくなったことと関連していた。19世紀に入ってD・リカードが、賃金は労働者の最低生活水準に抑えられるという「賃金生存費説」を唱えて以来、古典派の賃金論は労働者の生活費との関連で展開された。さらにE・エンゲルは、ベルギーにおける1850年代と1891年の調査とを比較して『ベルギー労働者家族の生活費』(1895)を著し、いわゆる「エンゲルの法則」によって、所得水準と生計費の関係の解明に大きな貢献をした。20世紀に入ると、家計、生活費、賃金、消費者物価の調査、分析および指数作成が広範囲に行われるようになり、それらは需要分析と結び付いて発展するようになった。とくにR・G・D・アレンとL・ボーリーの『家計支出』(1935)がその先駆的業績とされている。
[一杉哲也]
生計費は、現実の家計が支出した実態生計費と、生理学的、社会科学的および歴史的にあるべき最低生計費として算定された理論生計費とに分けられる。実態生計費については、わが国では現在、総務省統計局の「家計調査」「全国消費実態調査」、内閣府(旧経済企画庁)の「消費動向調査」、農林水産省の「農業経営統計調査」などがある。理論生計費については、日本労働組合総評議会(総評)がかつて労働者のために示した「理論生計費」、人事院および地方公共団体の人事委員会が公務員給与改定勧告に付随して示す「標準生計費」などがあげられるが、ことに後者はマーケット・バスケット方式で健康で文化的な生計費を毎年示すものとして、ほぼ理論生計費に該当するといえよう。
[一杉哲也]
抽象的・包括的には家計が生活を営むために必要とする財・サービスを購入するための費用が生計費であるが,具体的に家計の支出のうちどこまでを算入すべきかを明確に述べるのは難しい。一方の極には範囲をきわめて狭く限定し,日常生活を営むための日々の出費とする見解があり,他方の極には広く解釈して,ごく一部の投資的支出(たとえば株式購入)を除くすべての支出とする見解がある。この両極の間には解釈の幅がありうるが,通例では可処分所得から貯蓄を控除した部分とされる。しかし,租税や社会保障負担のような非裁量的支出を含むべきか否か,土地・家屋のような物的資産への支出をどの程度まで考慮すべきか,さらに貯蓄の中に将来の生計費とみなされるべき部分はないか等の問題がありうる。生計費には,現実の家計が支出した費用である実態生計費と,理論生計費がある。後者は,家計が生活を営むための最低限の生活様式を,生理学的・社会学的・歴史的見地から定めた場合,それに要する費用を指す。算定方式には,マーケット・バスケット方式やエンゲル方式がある。
生計費に関する分析としては,E.エンゲルおよびB.S.ラウントリーのものが著名である(〈エンゲル法則〉および〈貧乏線〉の項を参照されたい)。日本の現行の生計費調査には,総務庁統計局〈全国消費実態調査〉〈家計調査〉や農林水産省〈農家経済調査〉などがある。なお生計費の調査や研究は,賃上げ要求額(率)や妥当な賃金水準の決定,あるいは生活保護基準の策定などの基礎資料に利用されることがある。
執筆者:時子山 和彦
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…しかし,どのような生活内容が標準的かという点については,まだ万人を納得させるものは得られていない。このため通常は,勤労者世帯や夫婦と子ども2人で構成する4人世帯の実態生計費の平均値または並数値(度数分布のうち最頻度数の生計費)などを使用したり,時にはマーケット・バスケット方式などにより算定し使用したりする。しかし,日本で一般的に標準生計費という場合よく知られているのは,人事院または都道府県人事委員会が公務員給与の改訂に際し俸給表決定の要素の一つとして算定公表している生計費である。…
※「生計費」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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