(1)人形浄瑠璃。時代世話物。11段。角書に〈姉は宮城野妹はしのぶ〉と記す。別訓〈ごたいへいきしらいしばなし〉。紀上太郎(きのじようたろう),烏亭焉馬(うていえんば),容楊黛(ようようたい)合作。1780年(安永9)1月江戸外記座初演。通称《白石噺》。1651年(慶安4)の由井正雪の事件と,1723年(享保8)に16歳と13歳の姉妹が田辺志摩という武士を父の仇として討ちとった事件とを結びあわせて脚色した。正雪に関するくだりは先行作《太平記菊水之巻》(1759初演)の影響がある。南朝の遺臣宇治兵部之助(常悦)は諸国修行の途中奥州で金江谷五郎と出会い,後日の再会を約す。一方,唐土(もろこし)生れの妖術使い楠原普伝は南北朝の動乱に乗じて天下を奪おうとたくらんでいた。兵部之助は妖術を学ぶため普伝の門に入り,志賀台七を知る。普伝の妖術は石堂家の後室に見破られ,普伝は台七に殺される。台七は師の秘蔵の天眼鏡と妖術の一巻を盗んで立ちのき,白坂の代官になる。盗んだ鏡を水田の中に隠したが,これを百姓与茂作に見つけられ,悪事露見をおそれて殺害した。金江谷五郎は与茂作の姉娘の許婚で,来合わせた常悦と力を合わせ,姉妹に仇を討たせることを約束する。江戸吉原に身を沈めた姉宮城野を尋ねて妹おのぶは江戸へ出る。おのぶは姉と再会し,仇討を決意する。男気の大福(黒)屋惣六は宮城野の年季証文と大門の切手を与え,2人を出立させてやる。おのぶは信夫(しのぶ)と名のって剣術の修行にはげみ,姉妹は常悦らの助力でみごと仇台七を討ち,宮城野と谷五郎は祝言の盃をあげる。常悦らの働きで,南北朝の和睦が成る。(2)歌舞伎狂言。操り初演と同年の1780年4月に江戸森田座で通しの初演。以来現今まで主として七段目,おのぶが宮城野と再会する《揚屋》が独立して上演されてきた。全盛の太夫と奥州弁の田舎娘というコントラストが趣向として成功している。なお,上方では《姉妹達大礎(あねいもうとだてのおおきど)》(1795初演)が,同じ題材の作品として上演されてきている。
執筆者:小池 章太郎+服部 幸雄
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浄瑠璃義太夫節(じょうるりぎだゆうぶし)。時代世話物。11段。紀上太郎(きのじょうたろう)・烏亭焉馬(うていえんば)・容楊黛(ようようたい)合作。1780年(安永9)1月江戸・外記座(げきざ)初演。由比正雪(ゆいしょうせつ)の「慶安(けいあん)太平記」の事件に、1723年(享保8)奥州白石の百姓娘の姉妹が父の仇討(あだうち)をした実話を絡ませて脚色。通称「白石噺」「宮城野信夫(みやぎのしのぶ)」。宇治常悦(うじじょうえつ)(由比正雪のこと)が鞠ヶ瀬秋夜(まりがせしゅうや)(丸橋忠弥(まるばしちゅうや))や金江(金井)谷五郎らと足利(あしかが)(徳川)討伐を計る話が本筋であるが、有名なのは七段目「揚屋(あげや)」で、文楽(ぶんらく)でも歌舞伎(かぶき)でも多く上演される。代官志賀台七(しがだいしち)に殺された父与茂作(よもさく)の仇を討とうと、娘信夫(おのぶ)は江戸・吉原で傾城(けいせい)宮城野となった姉おきのを訪ね、父の死のようすを告げ、2人で廓(くるわ)を抜け出そうとするが、揚屋の主人大黒屋惣六(だいこくやそうろく)は『曽我(そが)物語』になぞらえて姉妹の血気を戒め、宮城野の年季証文と大門の切手を与えて出立させる。当時の吉原風俗を活写しているのが特色で、全盛の江戸傾城と奥州なまり丸出しの田舎(いなか)娘との対照が人気をよぶ。なお、「慶安太平記」の筋とは、姉妹が常悦のもとで剣術を習い、宮城野の許婚(いいなずけ)谷五郎の助太刀で仇を討つ話で結び付く。
[松井俊諭]
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出典 日外アソシエーツ「歌舞伎・浄瑠璃外題よみかた辞典」歌舞伎・浄瑠璃外題よみかた辞典について 情報
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